五月鱒~サツキマス~
アマゴの降海型、降湖型を『サツキマス』と呼ぶ。
ルアーアングラー達にとって、いつの日か釣り上げたい憧れの魚。
5月頃に、河川を遡上することから、そう名づけられた。
桜鱒(サクラマス)の亜種。
渓流の貴婦人…
光輝く美しい魚。
遡上を終えて、放精と産卵を成し遂げると短い一生を終える。
一度だけだが、中型の個体を釣り上げる幸運に恵まれた。
誰もが追い求めるだけあって、力強く綺麗な魚だった。
海に降りた後は、鮭のように外洋まで泳ぎ回るわけではないらしい。
沿岸を泳ぎ回る。
沿岸の水は、排水などで汚れている。
河川上流にある渓流の澄んだ水から、川を下り、やがて海へ。
濁りし水の中へと、我が身を浸す。
暫し、そこで生きる。
その後、一生の締めくくりを目指して、再び澄んだ水を求め、渓流へと向かう。
釣り人たる俺は、人の一生をそこに重ね見る。
人として大きい器を得たかったから、汚い水の中でも、へっちゃらに泳げる程の気持ちも持ちたい。
そう、俺は願っていた。
願えば、その境地に至らずとも、近づくことはできる。
願わなければ、何も為し得ないし、近づくことすらできない。
大成せずとも、耐性を持ったある程度の大きさの器は持てた気がする。
これまで、決して夢見がちな綺麗な世界を歩んで生きてきたわけではない。
人の汚い部分もたくさん見てきたし、騙しや裏切りといった酷い目にもあった。
それら経験も含み、全てひっくるめて許容できるようになった俺がいる。
その汚水が我が身に近づこうとも、ちょっとやそっとでは汚れないし、染まりなどはしない。
防汚耐性を勝ち取ったから。
汚い水の中で生活をしても、我が身を、そのドブ水の澱みに沈めようとは一片たりとも思わなかったし、視界が限定する濁りの中でも、見えるものを見つめ、理解できるだけ理解しようと生きてきた。
汚い水の中でも、しっかりと力強く泳いできた自負がある。清濁合わせ飲むめるように頑張ったから。
でも、そろそろ遡上を開始しても良い時期なのかもしれない。
かつて跳ねるように泳ぎ回った、澄んだ綺麗な水を求めている自分がいる。
鰓(肺)一杯に、綺麗な酸素を含んだ水(空気)を入れたい自分がいる。
一歩ずつ近づいてくる一生の終焉に向けて、身綺麗にしたいと本能が教えるのか…
とにかく、耐性を持つ鱗を透過して身までを汚されるような感じを覚える水の中は、もう良い。そんな場所は、俺にとって必要ない。
人生の3分の2程度は、確かに生きてこれたのだから、そろそろ遡上しよう。
川を遡るのは、生半可な体力や気力では成し遂げられない。
急流を泳ぎきる力を溜めよう。
滝登りすら出来る力を溜め込もう。
折れない心を持てたのかも確かめよう。
そうして、
澱んだ水から抜け出よう。
そっと別れを告げて、抜け出よう。
サツキマスの美しい姿…
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