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物品の見定め方、その価値について

価値観は人それぞれに異なる。

千差万別。

誰かが、それを好きと言い。

違う誰かは、それよりも、此方が好きと言う。

そうでなくっちゃ。

俺は、自身がブランド品を扱う経験が長かったり、高額品セールスをしていた経験から、一般の人よりも多くのアイテムに、広く浅く知識があり、一部の物については、自分の興味と研究により、その造詣が少しだけだけ深い。

宝飾品、絨毯、陶磁器、絵画、時計、靴、バッグ…

自分が知りもしない物を、セールストークを使って販売することなどできないから。

基礎は、それぞれ自分で学んだ。

基礎を知り、そのアイテムに興味が湧くと、もう少し掘り下げて勉強をした。

Jewelry の輝き。 

販売点数は多かったが、自分が購入することは無かった。でも、石の深い輝きや、鮮やかな色彩が人の心を魅了して止まないのは、自らが扱ってみて良く分かった。まさに魔性のアイテムである。古代は、その輝きが魔除けとなると信じて服飾されていた程なのだから。中世以降は富の象徴。石の採掘を巡っては、本当の血が混ざっているかもしれない程の貴重品。箪笥の肥やしになるような粗末な扱いは良くない。石そのものを誇るので無ければ、Cartier など美しいフォルムの物を選んだ方が飽きが来ない。何より、自分を本当に飾り立てて、引き立ててくれる。

ペルシャ絨毯の繊細さ。

シルク編みの美しさと軽さ。見る角度によって色合いまで変わる。クム、カシャンなど産地や職人技によって柄や織り方が異なる。高価すぎて、クム織りの玄関敷き絨毯ぐらいしか購入できなかった。深紅に挿し色としての瑠璃色。一瞬で購入を決めていた。今は実家の玄関で客人を真っ先に迎えている。

陶磁器で好きなのは白磁。

Meissen窯白磁の、純白の上を彩る美しい絵柄の数々。その中でも、アラビアンナイトシリーズが特に好き。これはもう、素晴らしいの一言。あの青と金遣い…陶器が割れない美術品ならば、竹馬で背伸びをしてでも絶対に買ってしまいたいぐらい。

日本では、柿右衛門窯の凛とした佇まいが好き。皿でも壷でも良いから死ぬまでに一点は手にしてみたい逸品。

特に11代と12代が極めし乳白の『濁し出』。床の間に飾られていたら痺れるね…

外貨獲得のため海外輸出を目論んだ色鍋島も悪くはないけれど、清楚な和の極みである柿右衛門がやっぱり好き。

絵画…洋画の原画などは極めて高額で取り扱えなかったから、もっぱら美術館巡り。

昔デパート勤務をしてた頃は、絵画展に通用口から入らせてもらい、販売そっちのけで鑑賞してた。殆どの日本人が好きな印象派嗜好だが、光と彩りを称えた画風のモネの作品は好き。モネの絵の世界観だけを反映させている オランジェリ美術館は是非にも訪れてみたい。ルーブル、オルセーはそれぞれ数回訪れているが、そこには未だ行けていない。

だが、睡蓮ならば、個人的には リヤドの『カネットの睡蓮』の方が好き。あの水面(みなも)の輝き…初めて美術展で見た時に、ゾクっ! 寒気に近い感動が走った。こんな一瞬を絵画に閉じ込めてしまえる…絵筆での表現だけに凄すぎる…

ドラクロアのパリの風景もいい。美しい絵を見ると、綺麗な景色を見た時と同じく心が静まるし休まる。美術館に出かけようかな…

時計はやっぱり機械式か発条(ゼンマイ)式時計。

ジュネーブ3大ブランドの中ではパテック・フィリップが一番好きだけど、経済的にとても手が出せない…。最も好きなのはブランパン、あの裏スケルトンを通して魅せつける、まるでジュエリーのような繊細さを兼ね備えたムーブメントと、ドレッシーなフェイス、ダイヤル、そしてスケルトン針。銀座のスウォッチビルの前を通ると、怖いもの見たさで、それでもブランパンの階だけを目指して上がってしまっていた。個人所有物として挙げれる程のは、せいぜいロンジンのゼンマイ式金時計、ゼニスの自動巻きぐらいだが、ブランパンかジャガー・ルクルトのいずれかは、身体の一部として腕に巻いてみたいな。

靴、カバンは、書き始めると終わらないので別で書き残すか、書かないのか、いずれかにする。皮革製品については…、もう、語りが止まりません。

物欲に憑依されているから欲しいわけでは無い。

物欲本位の興味を持っているから、少し挙げた程度で、この記事を書けているのでは無い。

美しい物が好きなのだ。

スタイリッシュな物が好きなのだ。

もし俺がお金持ちだったなら、単なる蒐集家になっていただろう。

購入したくとも、苦労しなければ買えない普通の人で良かった。

これからも、本当に欲しい物を、その時々に絞って絞って買うのだろうから。

うーん、買えないかも…(それならば、それで良い)。

自分の持ち物を選ぶ時には、独自の美的感覚を先ず持たなければならない。

拘りのない高額品購入は決してすべきでは無いし、無知のまま購入するなどは愚の骨頂。

その良さを知るために、例えばブランド品であれば、そのブランドの歴史的な背景ぐらいは知っていた方が良い。何がそのブランドのオリジンなのか…

特に日本人は無知買いが多い。

だから、海外ラグジュアリーブランドなどは、こぞってトータルアイテムを提案したがる。

そのアイテムのスタイルを気に入っての購入なら話は別だが、俺に言わせてもらえるならば、そのブランドのオリジンアイテムを購入することをお勧めする。作り手の拘りも、オリジンアイテムは格別だから、そうそう失敗することも無い。

Louis Vuitton であれば旅行用ラゲージ、Hermes ならば皮革製品。乗馬なさるなら馬具が真っ先ですが… FENDI ならば毛皮。 Ferragamo、Berluti、John Lobbは靴であり、Chanel ならばプレタポルテ。

あと、己が無知によって、貴重な品々を何と粗末に扱う人達の多いことか…。

ボロボロになってしまったアイテムを目にすると、残念であり、良い持ち主に巡り合えなかった品物が可哀想に思える事すらある。いかにお金を持っているからと言って、粗暴な人達は、繊細な物品を購入すべきでは無い。

折角ならば、それを愛でる感覚でいて欲しい。そうした見方をすれば、それらの品々の価値は、自分の中でもより高まり、他の人達の価値感にも反響していく。

無知な人は所有すべきではないし、使うべきでもない。

投機目的の人達にも、はっきり言って美術品、骨董などを所有して欲しいとは思わない。

美しい物や貴重な物、繊細な物は、本当にそれを好きな人が所有すべき。

男性の俺が言うならば、愛しき女性を愛でるような、そんな感覚で接する人が持つべきだ。

それが俺の物品論や選択論。

日本の消費者よ、もっと大人になりましょう!

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