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視野と視界

子供の頃だった。

親父が自分のために購入してきた双眼鏡。

殆ど、我が物のように独占した。

『故郷を愛し、想う心を育みたい』

そう願った親父は、いつも、姉、俺、妹を連れ立って、田舎の小高い山へと、山歩きに連れ出した。

季節毎の草木、山野草、木の実、キノコ…

いわゆる、天然の山の幸に関しては親父が先生だった。

テング茸のあまりの傘の立派さに、自慢げにもぎ取ってくると、苦笑いしながら。

『そりゃ毒があるけえ、食えんけえのぉ』 

『派手な色の奴や、目立つ奴には必ず毒があるもんじゃ』

『ワシを食うたら危ないでぇ。そう教えとるんよ』

そんな感じで、教えてくれた。

すっかり大人になりきった俺の苦笑。

異性の容姿も、そうかな…

小学生の高学年になる頃には、殆ど野生児。

山、海(海は伯父が先生で、釣りはセミプロ:この話題は改めて…)に出かけて、手ぶらで戻ることなど無かった。

ワラビ、ゼンマイ、蕗の薹。何も見当たらなければ蓬。

今よりもう少し季節が進むと、タラの芽、山ウド。

谷底の瀬に下りてワサビを摘み。

秋にはキノコ。

戦中、戦後の食糧難を経験した親父は、『野生の食物』を、生き延びる知恵としても教えたかったらしい。

赤松が生い茂る小山も、かつては段々畑だったらしい。

その名残として、丸い石が積み上げられ、人工的な造形を残していた。

松根油(ショウコンユ)という名前も、オヤジが教えてくれた。

木登りをしていると、いかにも苦味を漂わせる匂いのする松脂(マツヤニ)が手についた。

ぬぐっても、ぬぐっても取れない。

親父は、俺の手を手拭いで拭きながら、語り始めた。

『昔はこの辺の小山ものぉ、全部、丸坊主みたいなもんじゃった』

松を切り倒して、その松脂を漉して燃料にしていたそうだ。

『そんなんで、軍艦のスクリューが回るの?』 

疑心暗鬼になりつつ、一番上の元軍人だった叔父に聞いたことがある。

実際に、燃料代わりにはなったらしい。

恐ろしく燃費効率の悪い燃料だったんだろうな…と想像する。

それで、ガソリン湯水の如く使えた大国『メリケン』に戦いを挑んだのだった。

『無謀すぎるにも、程があるじゃろう…』

子供の率直な感想。

そんな昔話を聞きながら、山道を一緒に進む。

急坂を越えきったところで木々が途絶え、いきなり視界が開ける。

小高い山の頂上。

そこは『岩室(イワムロ)』と名付けられていて、その名の通り大きな岩がゴロゴロ。

俺のお気に入りは寝床岩(これ、俺が勝手に命名した)。

大人1人と子供3人が、十分お弁当を広げて食べれる平べったい大岩。

先端に立つと、ものすごく景色も良かった。

北と東に故郷の山々。

西に目を移すと、瀬戸内の海と点在する島々。

綺麗な景色だった。

親父の双眼鏡。

『荷物になるから』と止めるオフクロの言うことも聞かず、持ち出した。

寝床岩の上で、色んなものを双眼鏡を通して拡大して見たくなったから。

向かいの山の頂に見える小さな神社へと続く長い階段。

参拝者かな…3人連れが歩いて上がっている。

表情までは見えないが、洋服の感じが全て分かるほど拡きく見えた。

クルっ!

今度は海へ向いて、双眼鏡の絞りをギュっと握り、回す。

島を縫うようして進む、貨物船の艦橋が見える。

進む船を追いかけるように、松の葉の邪魔しない視野を得るため、寝床岩の先へと歩を進める。

双眼鏡を目の代わりにして。

『おいっ、危ないどっ~!!!』

親父の怒鳴り声。

双眼鏡を目から離しドキリ。

危うく岩の下へ転落する寸でだった(汗)。

故郷の景色の回想が勝ってしまったが、俺が言いたい本題はそこ。

双眼鏡でも、望遠鏡でも、どちらでも良いのだが。

利器を使うと、先にあるものが大きく視野に反映される。

でも、視界は限定される。

若い時の、物の見方にとても似てると思わない?

先ばかり拡大して見ようとしてた。

視野を得ようとしてた。

だけど、視界は狭まる一方で足元すら見えていない。

そうだ、こんな感じで若さを生きてきたな・・・

満員に近い田都線の電車に押し込められた、でも幸いにも窓際。

住宅街の街の明かりしか見えない外の景色を眺めておいて、故郷の山々を回想しながら、意識が複雑なのか、単純なのか分からないまま、違う思考へ辿り着いていた。

ふふっ(笑)。そうか…

だから、若い奴等に足元がお留守って言っても分かんないんだよな。

双眼鏡を目から外して、自分の目でしっかりと足元を見れる視野を感じるまでは…

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コメント

こんばんはwink
改めて!素敵なブログへご招待をありがとうございます。

今年の春は、仰るとおりの忍び足でcherryblossom私も日曜日に子供たちを連れてお散歩に出て、たくさんの“春の到来”を感じて来ましたhappy01

日々が・・・というより1分1秒が、あっという間に過ぎていく中、いつの間にか三十路半ばsweat01
今は足元を見て歩んでいるつもりですが、10年20年先の私は今の私をどう振り返るのかな・・・楽しみです。過ぎてみないと見えない自分の姿は、今を一所懸命に生きることで、自信を持って振り返る事が出来ると信じて頑張ろうrock
・・・と思う今日この頃です。
そんな風に、改めて考えて感じるのも“おかげさまで”です。
たくさんの大切な人に囲まれて幸せです!!
ありがとうございます。

これからも、愛読し続けますdash

投稿: 愛読者1号?! | 2010年4月27日 (火) 23時47分

こんばんは。
そして、『いらっしゃいませ』happy02

子供と遊ぶのには良い季節です。
上の娘には全く相手にすらされませんが、下の息子に遊んでもらっています。

今、こうしてブログの中で文章を羅列しているのも、色んな出会いの賜物です。

『書きたいと願うだけじゃ全然ダメ! 書かなきゃ意味無いし。言ってるうちに書いて、原稿持ってきてくださいっ!』 そう編集者Rさんから叱咤されました。

それでも書けずに悶々としているところに、村に彩りを添えるRさんの登場、そして彼女のブログへの招待を受けました。

目から、ベリベリベリっ!と鱗が剥がれ落ちました。

いつも村長ん家ブログにばかり出入りしてたけど、自分ん家作って、自分色出せばいいのか…納得。 即、作成となった次第です。

こんな感じで、『継続は力なり』 を信じて書き続けていますが、たまにで構いませんので、軒先を訪ねてきてください。

お茶は出せないけど、『ほっ』と息をつける場所にしていくつもりです。

投稿: Hammer | 2010年4月28日 (水) 01時27分

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