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人は多面体と同じ

一般人である俺は、自分が書きたいことをブログに書き連ねている。

匿名のため、何処の誰なのかは読んで見たところで分からない。

たとえ、名乗ったとしても、『誰?』の世界である。

心がけているのは、匿名だからと言って、誰かの事を具体的に記事にしないようにしている。

少なくとも、ブログは情報ネットワークの上で公開されている。

自分の受けた印象だけで、誰かの事を好き勝手に書き連ねて良いわけがない。

感銘を受けた良い話なら別だろうが・・・

匿名だからと言って、批判や非難に満ちた事を書き連ねてはならないと思う。

匿名だからこそ、そこは守らなければならないモラル。

私小説めいた文章を書けなかった、最大の理由はそこにある。

短からず生きていれば、人生の中で色んな事がおきる。

中には他人を非難したくなる事もある。

主観的には、そう感じる事柄もいくつかある。

ただ、そうした諍い事も、相手には相手の言い分があるのではないだろうか…

思うところがあるのでは無いだろうか。

そう考えてしまうと、公開しない日記レベルには書き記せたとしても、ここには書き残せない。

俺が誰なのかを知っている、ごく一部の人だけをこのブログに招待している。

その人達は、既に親しく人柄を知り得ている友人、知人に限定している。

だから、それなりに付き合いを積まなければご招待しないのだが…

ブログという手段で、記事という文章を残すきっかけをくれた人。

書きたい意欲を掻き立てて下さった方。

この先も親しくしたいと感じさせる物を有している人物。

まだ知り合って短期間ながら、そんな或る方を招待してみました。

過日メールを頂戴したのですが、感想として要約すると次のような内容だった。

『いつもお見かけする人とは、全くの別人が書いていらっしゃるような…』

う~ん。

それはそれで微妙な感じ。

第一印象も含めて、いつもどんなイメージを抱いているのか個別に尋問しないとね(笑)。

仕事柄、警察関係にもちょくちょく出向いているから、忠実に再現できる取調べ室をセットとして用意しよう。

実際は置いてあるの見た事も無いけれど、裸電球の装着された電気スタンドも用意して。

ま、その方は食習慣からカツ丼は食べれないのだけれど(爆笑!)

何となくは分かる気がする。

やや身体下方方面の話題を奔放に繰り出し、多くの男性陣に笑いを振り撒いているが。

時に…

いや頻繁に…

いやいや、いつも…

女性陣の多くは引いているかな(笑)。

でも、『最低~っ!』って罵倒されながら、その顔が笑顔なのには救われている。

俺本人からは、少なくとも引き攣っている顔には見えていないから。

そんな印象を持たれるような人が、この精神世界や倫理観のような記事を書いている。

付き合いが浅ければ、別人と思っても不思議はあるまい。

血気盛んな、まだ若かりし頃に色んな失敗を重ねて、現在の自分が存在している。

人格としての基礎は、かなり太めのしっかりとした杭を何本も打ちつけ、地面に串刺しにしているから変わり無い。

それでも、実際に会って談笑する時は、相談事でも受けない限り、基礎と屋台骨をスケルトンで見せるような事はしない。

Barでも、居酒屋でも、お酒を飲めない人はレストランでも、Cafeであっても、どこでも良いのだが、そこに居場所を求めるのは、『自分の所属するリアルな環境からの開放』、そうした目的も少なからずあるのではないだろうか?

これは、俺自身の自己分析。

そんな目的を持った人達が顔合わせする機会が増え、『常連』になるのだから、真面目くさった重ための話題より、日常の鎖を断ち切り、その刹那だけでも気分を軽くする、wit に富んだ軽妙な話題の方が楽しい。

幸いな事に、天からも話術という才を少し多めに与えてもらった。

他人格が存在するのではない(俺は二重人格者、多重人格者では無いから:笑)。

先に述べたように、人格の基礎は何も変わらず根付いている。

建築用語で言うところの『上物』の角度だけ、立ち位置、見る位置、見る者によって異なるのだろう。

切り口が変わるのだから、見栄えが変わって当然である。

身体下方方面の話題の多い『エロいオヤジ!』と見られれば、その一面はまさしく俺。

いつも道化てて、笑いを提供するためならば自虐ネタでも、変装でも、何でもありの『おバカな人』と見られれば、その一面も正しく俺。

心理的な深い話を述べ、時に硬派な一面を見せる 『エエ格好しいの男っぽい人』も、俺の一角。

その全てが、俺という人格の上に乗っかっている上物の一面。

俺だけではなく、皆が多面体だと思う。

仲良くなった美容界の重鎮に笑い話を振り過ぎた時に窘められた。

『俺の何を知ってるって言うの?』

そう、詳しいことなど知らないし、逐一詮索などもする気ない。

明るい話題を振り撒こうとして、その人の一面のみスポットライトを当てて振ったのだが、どうやら、その瞬間のご機嫌にはそぐわなかった様子だ。

土台となっている人格を認めているから、親しくしたいと願っている。

そのスタンスは変わりが無いから、次に会った時、即、笑顔で握手! となる。

本当に、その人のことを理解したいと思ったら、上物だけを見るのではなく、基礎をじっくりと検証することだ。地震(不測の事態)にも耐えられる、しっかりとした物かどうかを。

ただ、上物も年齢と共に研鑽を重ねてゆくと、角が削れて多面でなく曲面になる。

多面体でなく、球体に近い人物。

研鑽がなければ至らないのだが、そんな滑らかな曲面を持つ人物になれたらいいな。

たまに尖った角を出したとしてもね、ズブっと一刺し(笑)。

しっかりとした基礎の上に立つ、滑らかな曲面を持つ、丸い球体様の建築物。

それが俺が求める、俺自身の人物像。

中に入ると、ほんわかと暖かい・・・ならば、尚良し。

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