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上から目線の『可哀想』

『可哀想に・・・』

どう表現していいのか分からないほど悲しく辛い話を聞いた時、つい口をついて出そうになる言葉。

最も、出しやすい言葉。

でも、実はそれは憐れみの表現。

ある種、上から目線に立ってしまっている言葉。

聞いている自分に、その痛みは実感はできないが、想像することはできる。

その想像が実体験に近いほどの現実感を持てていれば、少なくとも『可哀想に』にはならない。

この『可哀想に・・・』は、意識して使わないようにしている。

他者から、かける言葉が見つからないほどの衝撃を受ける話を打ち明けられたり、辛い経験を聞かされた時には、敢えて言葉をかけて癒そうと、無理をしないことだ。

一緒に泣いてやればいい。

その人との関係次第だが、抱きしめてやればいい。

手を握ってやればいい。

重くて、辛い相談・・・

いや、あれは相談などではなかった。

その重たい告白を聞かされたのは、二十歳直前だった。

なぜ話相手が、俺だったのだろう。

彼女は高校時代の同級生。

俺にとっての高校時代・・・

それは、自分の自意識が一番強かった時期だった。

異性を意識しすぎるがあまり、女の子達とはうまく話ができなかった。

“Manish”な感じのする女性。中性的な感じで接してくる女性としか、うまくコミュニケーションがはかれなかった。

一学年上の一人の女性から、猛然とした好意を寄せられ、チャッカりと経験だけはしていたのに、その自意識の高まりは、高校生活の終盤まで解けることはなかった。

重たい告白をしてくれた女性は、その“Manish” な女友達の一人だった。

短大に進学したその彼女とは、高校卒業後、全くの音信不通だった。

いきなり電話をしてきて、『会える?』 と尋ねてきた。

少し暗い声音のように感じたので、気になった俺は。

『うん、いいよ』、と即答。

『だけどね、ちょっと学校に用事があって出かけないといけないんだ』。

『あっ、そうだ。どうせなら、車に乗っていくからドライブにしようよ。その方が楽しいし』

ちょうど俺が受験する時期、親父の勤め先がグラグラと揺れていて、その経済的な理由により、東京、京都といった、大学の密度が高いエリアにある有名校の受験は止した。

元々、興味を持った好きなことには滅法のめり込むが、興味が全く湧かない事柄には、これっぽっちの努力もしない性格だった。

そため、学校のスコアシートは俺の性格そのものを映し出したようにムラがあった。

できる科目は優秀だが、出来ない科目は全くダメ。

とても国公立の受験をパスできる安定性など無かった。

『他所で大学生活を送りたいならば、国公立に受かってから言ってこい!』

親父に、そうはっきりと宣告されたのは、高校2年の3学期だった。

親父は勉学を極めたかった人だった。戦後さほど年数を経過していなかった親父の青春時代。

母親だけが片親の貧しい家庭環境の中、6人兄弟の末っ子でもあり、叔父、叔母は皆、中卒までしか学業に専念させてもらえていなかった。

晩成型だった親父は、中学校半ばから向学心に目覚め、そこからの爆発力が凄く、とにかく優秀だったらしい。

親父の幼馴染みが実家の近所に住んでいる。

親父の一周忌の時に我が家に来てくれて、色々と昔話を聞かせてくれた。

俺が知っている親父は、大変な努力家だった。

本の虫とは、まさにこうゆう人なのだろう。

そう思えるほど、暇があれば本を読んでいた。

都会での大学生活への、その条件は、向学心に乏しい俺への、発破がけでもあったのだろうが、浪人など全く許されない状況の中では、既に手遅れだった。

高校2年時、その一年間の数ヶ月だけ、集中して勉強した時期があった。

『文筆によって生きたい!』

親父の血を引き、本の虫だった俺。

淡い夢でしかなかったが、何かを書くことで生きていきたいと願った。

夢は見ているだけでは、夢のまま終わってしまう。

具体的な目標を持たない俺の淡い夢は、たかだか、それしきの障壁だけで、夢のまま終わった。

その僅か半年ばかりの学習の蓄積で、その地方では、まずまずの私立大学に入学できた。恐らくギリギリ受かった感じでは無かったのだろうか・・・

息子の『淡い夢』を現実に近づけてやることができなかった気持ちもあったのか、普通免許証を取得した直後、自宅から原チャリで通学する俺に、親父は中古車を一台買い与えてくれた。

その頃には、オヤジの勤め先は一部上場の大手企業に吸収合併されていて、経済的には安定していた。

だから、俺は大学生ながら、車を所有していた。

自宅からキャンパスまでは、片道約20km。

地方都市とは言え、大きな街中の中心を貫く幹線道路を抜けなければならないから、度々渋滞に引っかかり、1時間近くを要することも良くあった。

隣町に済む彼女をピックアップして、そのキャンパスへと向かう。

一年ちょっと会わないうちに、心なしか女性っぽくなっていた。

お化粧のせいもあったのだろう。

だが、性格そのものは変わってなかったので、ちょっとした昔話をしながら車を走らせる。

あの当時、誰が誰を好きだった。

あの娘は、あんたが好きだったみたいだよ。

そんな感じの話ばかりだったと思う。

途中、出来たばかりという感じのログハウスのレストランでランチを済ませた。

正門を抜け、駐車場へ車を止め、レンガ敷きの中庭まで階段を上って行く。

小柄な彼女と、長身の俺。

歩調を合わせるように、ゆっくりと歩いていく。

その中庭の横にあるベンチを指差し、『ちょっと、そこで待っててね』と言い残し、俺は自分の用件を先に済ませるべく、教授棟へと体の向きを変えた。

3歩半進んで、クルッと振り返り、『20分くらいかな・・・最悪30分見といて』と笑顔で言い放つ。

『うんっ、分かった』と返してきた彼女の顔も笑顔。

少し汗ばむ初夏の頃だった。

日陰のベンチながら、暑いだろうと思い。

用件を早々に済ませた俺は、学食への坂を駆け上がり、缶ジュース2本を買って持って戻ってきた。

何か思い詰めている風に見えたから、『ひょい』と目の前に缶を差し出す。

少し戸惑ったような表情を見せ、反射的に受け取った彼女は、『まずいとこ見られたな・・・』とバツの悪そうな感じだったが、『ありがと』と小さな声で言った。

俺は、わざとらしくドスンっと横に腰掛けて、二人並んで、校舎横から見える小山に目を向けた。目をあわさないように意識しながら。

『暑くなってきたな、もうすぐ夏本番だよ』 正面を向いたまま、普通の調子で語りかけた。

暫く続く沈黙。

沈黙が苦手な俺だから、いつもならば、わざとらしい笑い話に持っていくのだが、何となく、隣に腰かかけたまま、沈黙でもいいのかな・・・と気を置かずに正面をぼうっと見ていた。

『あのね・・・』と、何かを言いたげに切り出す彼女。

どう話せばいいのか、言葉を選んでいる風でもあった。

俺は、正面を向いたまま、『ん?』と声にもならない感じで返す。

構えて話を聞く感じではなく、何となく、そうするのがいいと感覚が教えてくれていた。

『バイト終えて帰宅する途中・・・』

『自転車に乗って帰ってたんだけどね、バイクが後ろから近づいてきて、いきなり引きずり倒されて・・・』

『レイプされちゃったんだ・・・』

途中、何度も息を入れるようつまりながら、告白を続ける彼女。

『・・・逃げれなかったんだ・・・大きな声とかも出せなかったの?』

『・・・うん』

『〇〇(彼氏)に、それ打ち明けたの』

『・・・・・うん・・・・』

『そうか・・・』

それ以上の言葉は、何も出てこなかった。

無理をして笑顔をつくろうとする彼女が痛々しかったが、その表情を覗き込むような事はしなかった。

あの明るかったあいつの心に、消す事のできない傷をつけたのは、欲望に駆られた馬鹿な下衆野郎が一人。

彼女の人となりがどんなとも知らないくせに、自分の欲望を果たさんがためだけに、誰ともわからぬ大馬鹿者が、あの明るかったあいつの心の中に、一生消せない傷を作りやがった。

帰り道、努めて明るく話す彼女から、彼氏と別れたことを聞かされた。

たぶん、そのことが原因の一つでもあっただろう。

あいつの何かが穢れたわけではなかったろう。

あいつも、俺が知るあいつの彼氏も、何かが汚されてしまったように感じたのかもしれない。

俺は、そんな告白を聞かされながら、『激しい憤りは感じても、彼女を可哀想だとは決して思うまい』と心に誓った。 

こいつに哀れみの目を向けるような、被害の及んでいない第三者が上から目線で見た憐れみの言葉を、簡単にかけるような行為は絶対にしない。

そう決めた。

何より、俺、こいつにそれほどの傷を与えた、『男』という性別の人間の一人。胸の中に灼熱した鉄片を当てられるような痛みを受けつつ、憐れみの感傷などは持たず、『男』としてすまないと感じていた。恥ずかしいと感じていた。

『可哀想』という言葉は、その時以来、意識的に使わないようにしてきた。

あいつ、今でも元気にしているのかな・・・?

20数年を経てなお、俺の中の記憶は、あの悲しそうな表情とともに蘇ることがある。

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