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2010年4月に作成された記事

反面教師

『他人のふり見て、我がふり直せ』

短い言葉ながら、鋭い諺。

反面教師。

他眼視。

これだけ世に知られた諺がありながらも、時に我が振る舞いが分からなくなる。

どれだけ立派な人も、人間が出来た人であっても、我が姿が写せなくなることがある。

自分の事柄で一杯一杯の時。

俺も、無様な姿を晒したこともあった。

あまりに多くの無様さを重ねたが故に、無様に生きるのを止めようと決めた。

格好良くありたいと願った。

『そう願い』、そして、『そうしよう』、と決めた。

やっと、それが身に着き、根付いてきたと信じている。

それでも、大きな喪失感に包まれた時は、心臓という内臓を抜き取られた『腑抜け』状態になってしまうのだろうか?

平静な『心』を失ってしまうのだろうか?

どれだけ強靭な精神を持つ人であれ、元々、人とは脆く、弱い。

色んな失敗を積み重ねて、だんだん強くなる。

強くなった!と信じれるようになる。

年齢?

経験を積むためには年数も必要であり、本当は年齢が増すほどにドッシリとなるものだろう。

木の幹が年輪を重ねて太くなるように…

だが、人の根幹はとても弱いことに変わりない。

年齢?

そんなものとは関係無く、己が中の喪失感の大きさにより振動する。

一見、大きな幹であれ、中の芯が大きく揺れ動いてしまう。

ただ、あまり表に出してはいけないね。

人に悟らせてはいけないね。

人から見上げられる程の大木であれば、あるほど、中の振動をあからさまに表に出してはならない。

俺は、今まさに偉大なる反面教師を見つめている。

大きな巨木が、揺れ動く様を見ている。

俺は自分の弱い心を知ってて、まだ精神の太い幹を持ち切れたとは言えない。

大きな喪失感があれば、弱い自分が揺れ動くかもしれない。

でもね、他人様には見せないでおこう。

その偉大なる反面教師が、それを教えてくれてる。

格好つけて生きるっ!

そう言い切ってる分、本当に格好良く振舞わないと。

ウジウジ、ジメジメ、湿気が多い感じはよろしくない。

何より、気を病んでしまうような怖さがある。

足腰を鍛えよう。

反面教師の篭る闇を横目に、俺は、昨夜から継続している爽快感をポケットに入れて、自転車のペダルを力一杯踏み、明るく陽の光が降り注ぐ外へと飛び出した。

休日で、出勤のための移動は無かったけど、自転車に跨り外に飛び出した。

この爽快感、分けてあげれられるものならばそうしたいけど、自ら立て篭もったものは仕方が無い。

せめて、反面教師が早々に岩戸を開くことを願おう。

俺は、やっぱり格好良く生きよう。

改めて、再考できた。

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一仕事終えた我が愛車。

数年前に沖縄で一目惚れして購入。

BMT仕様でも、何でも無いのに、俺の荒い運転に応えてくれている。

何より、目立って良い。

車に撥ね飛ばされ無くて済むからsmile

奥の青いのが、我が娘の選んだ自転車。

親子して…派手好き…

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キューピー10分クッキング!

昨夜は間違いなく酔っていた。

酒量は少なかった。

ノリでやったイッキ飲みのせい。

ただ、いつもと違って Cool down できたおかげで、今昼から頭スッキリ。

Cafe での語らい時間と、その後の1時間超の数キロ徒歩。

夜通し騒ぐのも嫌いじゃないけど、好んでしたいと思わなくなった。

年齢のせいかな・・・

俺にとって Cafe は読書の場。

最近ではもっぱら、気軽で手軽なスタバ。しかもオープンエアのシートに好んで座る。

その他、俺の中の Cafeのイメージは、10年ほど前に、買付け業務で半年に一度訪れていた Paris のそれ。 

英語がほとんど通じなくて苦労したけど、小っさめの丼と呼べるほどでっかい、、お碗のような耳無しカップで出てくる、少し甘味を帯びた美味しいカフェオレが飲みたくて、それがオーダーできるだけの簡単なフランス語を覚えて、一人で飛び込んでた。

Paris のそれは、やはり日本では再現できない雰囲気がある。街そのものに溶け込む風景であり、さりとて、偉大なるその存在感を誇示している。

レンガ造りの建物の軒先に、レッドやブルー、時にグリーンの庇がグッと迫り出すように設置され、その下のオープンエアの席で、当たり前のように、それぞれのお茶や会話を楽しむ人々。

それが、Paris のごくごく日常の風景。

彼の地を訪れると、どうしても入りたくてウズウズしちゃう感覚に襲われてしまう。

日本には、何でも供え持つ大都市、東京という街があるのだが、そのウズウズ感を与えてくれる程の存在感のある Cafe には出会ったこと無い。だから、いつものスタバへ…となってしまう。

昨夜、ある女性が連れて行ってくれた Cafe は面白かった。

表向きの存在感はやはり無いのだが、店の中の雰囲気がとても良かった。

スタッフの笑顔も Good !

学生のお客さんが多いようだが、店の雰囲気に Respect しているためか、騒々しさは無い。ここなら一人でやって来て読書も出来そうだ。

その連れの女性が、日本人離れした、とても綺麗な人だったからだろう。

男数人連れのテーブルからはチラチラとした視線が向けられる感も若干あったが、恐ろしく不躾な視線の照射は無かった。

それに、我々は、お互いの世界観を持って会話に集中していたので、何も気になるようなものは無かった。敢えて言えば、紫煙が器官を刺激するあまり、それが席を立つ合図になったぐらいかな。

笑えるほどに面白かったのは、Parking fee の支払い時。

夜中の事でもあり、数時間駐車しても、たったの200円だった。

たったの200円。

それを、支払わせて貰えなかった(苦笑)。

車輪止めを降ろすべく、早々に機械操作始めてた俺に、いきなり ドンっ! 

ちょっとしたタックル気味?ほどの勢いで、止めに入る。

おいおいおい、おい…、そんな大した額じゃぁないって(爆笑!)。

それに君、身体鍛えてる女性なんだからさぁ!

綺麗なくせに、面白い女性(ひと)。

たかだか200円の支払いを巡って、夜中の住宅街で『俺が!』、『私が!』の騒ぎでも無いので、笑いながら譲る。

故あって、彼女に Cafe への案内を頼んだのだが、まぁ、そんな意図はそっち退けとなり、楽しい一刻を過ごさせていただいた。

彼女には少し遠回りになってしまったが、午前3時頃、自宅から数km 離れたところで降ろしてもらう。そこでも笑える光景があったのだが・・・

ま、それは自分のドジさ加減をぶっ放すことになるので割愛しましょう。 

そこから自宅まで歩く。

カッカッカッカッ。

革靴のヒールリフトが路面とぶつかる軽快な音を響かせながら、大股歩きで、風を巻いて歩く。

わざと幹線道路脇の歩道を歩く事を嫌い、裏道へ裏道へと歩を進める。

その道を自宅方面に進んで行くと、森林公園や竹林が道路脇に続くことを知ってたから。

まだ未明。

早朝の空気はどこでも澄んでいる。

その澄み切った空気の中でも、早朝の森の中のそれが最もクリアなのを、経験が教えてくれている。

でも、さすがに森の中を徘徊するわけにはいかない(=俺の容姿じゃ怪しすぎるし、撃たれてしまう)から、敢えて、それに近いものを与えてくれる道を辿った。

大正解!

朧月の優しい光の下、時たま過ぎ去ってゆく車と、新聞配達のバイクを除き、誰にも出会うことの無い道を、ツカツカ、ツカツカ。

颯爽と胸を張って歩く。

肺一杯に、新鮮な空気を吸い込みながら歩く。

最高に空気が澄んだ場所! を見定めて足を止める。

深呼吸。

ちょっと前に流行った Air(O) Bar なんかより、俄然こっちのが上だぜっ!

と笑顔。

ふと、Birthday Partyを企画してくれた Dining Bar から退出する、まさにその去り際に、半べそかきながら挨拶しに来た、義理の娘の顔が浮かぶ。

『あいつ、何で泣いてたんだろう?』

色々あるだろうけど、頑張れ! の激励メールを打ち、再び歩き出す。

ギア変えた。

速度を更に上げて歩き始める。

自宅に到着したのが、午前4時を回ったところ。

シャワー浴びて、『帰宅したら即、記事を書く!』と宣言してた昨夜のブログ記事を打ち込み。

バタン。

卒倒するように眠りに落ちる。

午前11:45分にパチリ。

歯を磨いていると、息子が塾に連れてって欲しいと話しかける。

『何時までに?』

『えっ1時までに入るのぉっ??』

で、早々にキッチンに入り、キューピー10分クッキング。

それでも、味噌汁とお漬物とフルーツを一品と数えるならば、6品をさっと作る。

↓はメインディッシュ3品(子供食材だけに動物性たんぱく質、脂肪分の多いハイカロリー料理)

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明太子の簡単チャーハンと、豚肉の生姜焼き(生姜ちゃんと擦り下ろしました)、ボローニャソーセージ炒めて、簡単なサラダを添えたもの(胡瓜の並べ方だけ少しの拘り、後から画像位置ではディッシュ右上にトマトの赤色を添えました)。

俺自身は、フルーツメインで、大好きな胡瓜とゴハン系チャーハンのみに少し手をつける。

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↑この明太子の簡単チャーハン、本当に簡単で、しかも美味しい。これだけだと、恐らく3分クッキング!って言い切れますgood

要は、卵をうまく利用して、いかにパラパラに仕上げるかと、明太子の塩味を計算した塩梅が鍵。お醤油は、ほんの隠し味程度使う。仕上げは胡麻油で香り付け。ゴマと青ノリをスプリンクルして完成!

生姜焼きにも順序があると思うが、お料理ブログじゃないのでここまで。

それにしても、料理を美味しそうに、見栄え良く撮影するのは難しい。やはり、レフ板など使って光、露出感などに気を使わなければダメなようだ。

そんな美味しそうに見えないよ。残念ながら!

夜は、たぶんだけど…

筍のペペロンチーニ。鶏肉のソテーライム添え、ガーリックトースト、何かのスープを予定。

これは10分とはいかないけれど、手際よく調理してみましょう!

   

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中年には勿体無い Happy Birthday!

・・・嬉しいような

・・・でも、ちょっと複雑な気もする。

結局、気恥ずかしいのだ。

40歳を過ぎた誕生日。

それを祝ってやろうとしてくれる人達がいる。

家族ですら、その日の存在が希薄になってくる年齢に、そろそろ差し掛かってきている。

いつの日か迎える、命日の方が近い気がするから(笑)。

正式な誕生月日は4月7日。

俺を産んでくれた両親は広島に。

既に父は他界してこの世に無く、母一人が遠く離れた故郷で暮らしている。

誕生日の翌日に電話してみた。

親が存在しなければ、両親の出会いが無ければ、この身も存在しなかった。

『おめでとう』

と、受話器の向こうの優しい声。

死ぬほどの思いをして産んだ我が子の誕生日を忘れる母親はいない。

たとえ、その子が40歳を超えた年齢で、もういいオヤジになっていたとしても。

最近では、母性愛という感情を持てぬまま産まれた直後の赤児を捨てたり、幼児の命を奪う母親達がいる。

持って生まれた性格も多分にあるのだろうが、後天的な生育過程での背景が色濃い。

残念だが、愛の感じられない環境で育った人は、全くその恩恵を受け容れていない。

愛されなかったから、愛を知らない。

あの愛される感覚の素晴らしさ、温かさが分からない。

受け取っていない愛は、誰かに授けようにも、それができない。

心の中に、それが存在しないのだから。

お腹を痛めて産んだ、本当なら愛おしくてたまらない我が子にすら愛情が湧かない。

男という異性に対する、極めて希薄な性愛の情は存在したとしても…

SEX。

その行為すら、愛に満ち溢れたものとは、きっと、かけ離れていただろう。

一度でも、本気で愛された事があれば、結果は違っただろうに。

互いの体温以上の温かさ、心が融合するようなそれ。

交合が終っても、なお続く充足感。

愛されるには、それを感じ取る感性を持ち合わせていないとダメ。

視線変える。

無責任な男は最低である。

男の片隅にも置けない下種野郎だ。

俺は、無神論者、無宗教の人だが、もしも神や仏がいるとするならば、何も知らずに消された、その赤児達の魂を第一に救済してやって欲しいと願う。

不幸にして愛に恵まれなかった母親にも救済の手と、我が子を捨てた贖罪の感情を与えてやって欲しい。

そして、種付けするだけして逃げた野郎共には、煉獄の炎で精錬した帯炎刀で、男の象徴たる一物を焼き切る拷問を与え給え。

若い頃に、自らが繰り返した、重みの無い遊びの恋。

それらを神棚に奉って、他の野郎を説教する気は更々ない。

だが、性交の先に命の誕生がある事を、世の男共は忘れてはならない。

俺はいかなる時も、それだけは頭の片隅に残していた。

ヤリたい放題の無責任な行為の末、母体に傷を負わす。

そこに更に無責任を上乗せし、母親に子殺しの大罪まで背負わせる。

そんな男には、断罪を与えても許される。

俺達男も、所詮は母という女性が産んでくれた生き物だ。

その異性を軽んじたまま、誰かの生誕を招く行為を無防備にすべきじゃない。

脱線してしまったが…

俺は、良い仲間に囲まれ、恵まれたことを感謝している。

何とか仕事を早めにケリつけて、待っててくれる場所へと駆け込む。

笑顔、笑顔、笑顔。

楽しい会話。

みんなイイ奴等だ…

ありがとう。

本当に、ありがとう。

中年には勿体無さ過ぎる、Birthday Present を貰った。

出会い。

これぞ、最高の Gift。

 

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自然美も人工美も、美は美!

『俺なぁ、どうしても、ここの(神戸の)夜景を綺麗とは思われへんねん』。

社会人になって、まだ数年しか経過していない俺に、仕事を一から教えてくれた先輩の口癖。

その当時、俺達は『超』がつくほど自然大好きアウトドア派だった。

先輩の車にロッドを数本積み込み、何百kmの距離を走破して、たった一尾の魚を追い求めた。

薄っすらと金色がかった、銀色ボディのシーバス。

銀鱗を持つこの大型魚は、釣り上げられる直前、その瞬間に激闘の興奮色を体に浮かび上がらせる。

その時に、少し金色(こんじき)に色を放つ。

死を賭した必死の戦いの後だけに、彼らの放つ興奮色は美しい。

俺達はそいつに会いたくて、狩猟に似た感覚で、獲物の匂いを嗅ぎ取ろうと彷徨った。

大きな川の河口。

防波堤の際に並べられた、波消しテトラポッドの突起の上。

ゴロタ浜…

色んなフィールドに、色々なルアーを持ち込み、彼らに勝負を挑んだ。

朝焼けに光る水面に二人並んで、キャスティングを繰り返す。

そんな二人の、釣り紀行の合間の言葉だった。

入社したのは、神戸の中心にある百貨店。

百貨店のルーキーは、よほど酷くなければ、何もせずとも女子にもてた。

館内における、男子と女子の人口密度比率の圧倒的な差がもたらす特異現象。

『身内と遊ぶな!』

そう人事通達が出れば、その身内女子が連れてくる女子と遊ぶ。

それに、俺は何もしない人ではなかった。

誰にも増して面倒見が良く、気の良い新人。

かなりの自画自賛(笑)!

異人館通りを少し入ったところにある、『ビーナスブリッジ』と呼ばれる螺旋歩道橋。

そこから見下ろす神戸の夜景は、とても綺麗だった。

よく、気の合った女の子と夜景を見に歩いて行った。

お酒飲んだ後、手をつないだり、腕を組んで。

インスタント・ラブであっても、瞬間の気持ちの盛り上がりを演出してくれる景色だった。

そうした軟派三昧の4年間を経て、部署異動で知り合った『超ド級』アウトドア派の先輩。

『漁師になれっ!』

暇を見つけては、地元広島で、海にばかり出かけていた俺。

あきれた親父が投げかけた言葉。

そんな素地があったせいか、慣れない・・・?軟派生活に疲れていたせいか、

『〇〇〇、海に行くで~ぇっ!』

の言葉に、即、応じた。

その当時は、百貨店にも定休日があった。

週一の木曜日は、先輩との釣り三昧に明け暮れた。

『彼女』という特別な存在がいなくても、全く平気だった。

海が、俺達を待ってたから…

最近は、年齢のせいか海に出かけなくなったな。

関東の海は、関西の海に比べて水が澄んでいないのと、数回のトライで良い釣果が得られなかったから。

平塚の沖へ出る乗合船での釣行のみ、俺の狩猟欲を満足させる結果を得られたが、やはり先輩のような『ツレ』がいないからだろう。

カツオを十数本、メジマグロ2本を釣り上げても尚、あの和歌山の沖で、激闘の末に釣り上げたシイラやカンパチに比べると、数段物足りない。

そんな理由、こんな理由を自分に押し付け、釣りには出掛けなくなった。

冒頭の先輩の言葉。

あの当時は、まだ全然若かったから、人の言葉によって自分が左右されていた。

大波に揺れる小船のような不安定さ。

『俺も、自然の造形美の方が大好きっす!』

『ビル街のイルミネーションが煌く夜景なんかより、この月の光が柔らかくゆらぐ水面を見つめてる方がいいっす!』

その先輩の嗜好に、完全に感化されていた。

一緒に何かを追い求める『ツレ』の居なくなった今。

歳を重ねた今。

一匹狼の俺は視野も嗜好も広げた。

六本木、丸の内、新宿、池袋の高層ビル街が輝く夜景も美しい。

水平線をゆっくりと登ってゆく来光も美しく、その逆の沈みゆく去光もまた美しい。

建物の描き出す、直線や曲線の交差も美しい

森の朝靄の中、静かに佇む木々の姿も美しい。

人工美も、自然美も、美しいものは美しい。

綺麗な物は、とにかく綺麗。

そう感じられるようになった、俺がいる。

しっかりとした自分を持った、俺がいる。

自由に動ける身じゃないから思うのだろうけど、不器用だった若い頃の俺と違い、今、恋愛させたら達人だろう。

もし、ビーナスブリッジに二人並んで立っていて、少しでも肌寒い風に吹かれたなら…

自然な動きで、たぶんコート脱いで、相手の肩から、『ぱさりっ』、そっと、かけてやれたりできるから。

今さら、そんな事など、どうでも良い。。。

そう!

美しいものは、美しい。

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視野と視界

子供の頃だった。

親父が自分のために購入してきた双眼鏡。

殆ど、我が物のように独占した。

『故郷を愛し、想う心を育みたい』

そう願った親父は、いつも、姉、俺、妹を連れ立って、田舎の小高い山へと、山歩きに連れ出した。

季節毎の草木、山野草、木の実、キノコ…

いわゆる、天然の山の幸に関しては親父が先生だった。

テング茸のあまりの傘の立派さに、自慢げにもぎ取ってくると、苦笑いしながら。

『そりゃ毒があるけえ、食えんけえのぉ』 

『派手な色の奴や、目立つ奴には必ず毒があるもんじゃ』

『ワシを食うたら危ないでぇ。そう教えとるんよ』

そんな感じで、教えてくれた。

すっかり大人になりきった俺の苦笑。

異性の容姿も、そうかな…

小学生の高学年になる頃には、殆ど野生児。

山、海(海は伯父が先生で、釣りはセミプロ:この話題は改めて…)に出かけて、手ぶらで戻ることなど無かった。

ワラビ、ゼンマイ、蕗の薹。何も見当たらなければ蓬。

今よりもう少し季節が進むと、タラの芽、山ウド。

谷底の瀬に下りてワサビを摘み。

秋にはキノコ。

戦中、戦後の食糧難を経験した親父は、『野生の食物』を、生き延びる知恵としても教えたかったらしい。

赤松が生い茂る小山も、かつては段々畑だったらしい。

その名残として、丸い石が積み上げられ、人工的な造形を残していた。

松根油(ショウコンユ)という名前も、オヤジが教えてくれた。

木登りをしていると、いかにも苦味を漂わせる匂いのする松脂(マツヤニ)が手についた。

ぬぐっても、ぬぐっても取れない。

親父は、俺の手を手拭いで拭きながら、語り始めた。

『昔はこの辺の小山ものぉ、全部、丸坊主みたいなもんじゃった』

松を切り倒して、その松脂を漉して燃料にしていたそうだ。

『そんなんで、軍艦のスクリューが回るの?』 

疑心暗鬼になりつつ、一番上の元軍人だった叔父に聞いたことがある。

実際に、燃料代わりにはなったらしい。

恐ろしく燃費効率の悪い燃料だったんだろうな…と想像する。

それで、ガソリン湯水の如く使えた大国『メリケン』に戦いを挑んだのだった。

『無謀すぎるにも、程があるじゃろう…』

子供の率直な感想。

そんな昔話を聞きながら、山道を一緒に進む。

急坂を越えきったところで木々が途絶え、いきなり視界が開ける。

小高い山の頂上。

そこは『岩室(イワムロ)』と名付けられていて、その名の通り大きな岩がゴロゴロ。

俺のお気に入りは寝床岩(これ、俺が勝手に命名した)。

大人1人と子供3人が、十分お弁当を広げて食べれる平べったい大岩。

先端に立つと、ものすごく景色も良かった。

北と東に故郷の山々。

西に目を移すと、瀬戸内の海と点在する島々。

綺麗な景色だった。

親父の双眼鏡。

『荷物になるから』と止めるオフクロの言うことも聞かず、持ち出した。

寝床岩の上で、色んなものを双眼鏡を通して拡大して見たくなったから。

向かいの山の頂に見える小さな神社へと続く長い階段。

参拝者かな…3人連れが歩いて上がっている。

表情までは見えないが、洋服の感じが全て分かるほど拡きく見えた。

クルっ!

今度は海へ向いて、双眼鏡の絞りをギュっと握り、回す。

島を縫うようして進む、貨物船の艦橋が見える。

進む船を追いかけるように、松の葉の邪魔しない視野を得るため、寝床岩の先へと歩を進める。

双眼鏡を目の代わりにして。

『おいっ、危ないどっ~!!!』

親父の怒鳴り声。

双眼鏡を目から離しドキリ。

危うく岩の下へ転落する寸でだった(汗)。

故郷の景色の回想が勝ってしまったが、俺が言いたい本題はそこ。

双眼鏡でも、望遠鏡でも、どちらでも良いのだが。

利器を使うと、先にあるものが大きく視野に反映される。

でも、視界は限定される。

若い時の、物の見方にとても似てると思わない?

先ばかり拡大して見ようとしてた。

視野を得ようとしてた。

だけど、視界は狭まる一方で足元すら見えていない。

そうだ、こんな感じで若さを生きてきたな・・・

満員に近い田都線の電車に押し込められた、でも幸いにも窓際。

住宅街の街の明かりしか見えない外の景色を眺めておいて、故郷の山々を回想しながら、意識が複雑なのか、単純なのか分からないまま、違う思考へ辿り着いていた。

ふふっ(笑)。そうか…

だから、若い奴等に足元がお留守って言っても分かんないんだよな。

双眼鏡を目から外して、自分の目でしっかりと足元を見れる視野を感じるまでは…

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良いと思ってみれば?

『雨って嫌だなぁ』 

彼女はそう呟いた。

『そうなの?』

『ずぶ濡れになんなきゃ別にぃ』

『かえって良い奴かもよ』

『Moisture って思っちゃえば、肌に良いお湿りじゃん』

と切り返す俺。

『そっかぁ』

傘差しながら、笑顔になった彼女。

簡単なこと。

何かに対して、鬱陶しいと思うから嫌いになる。

良いと思ってみれば?

そうすりゃ、気も楽になる。

 

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忍び足にて春きたり

『ピピピ~っ、ピピピ~っ!』

聞き慣れない、鳥達の鳴き声が聞こえた。

黒服を着た尾の長い弾丸が、滑るように空を切り裂く。

燕っ!!

もうやって来たんだ。

真冬並みの寒い空気に身震いしたの、ほんの数日前。

でも、今年の春は足音を立てずにやって来た。

いつもならば、そう驚く存在ではないが、今年ばかりは勝手が違う。

去年と同じ場所に残る、遺跡のようになった巣の近くでの騒ぎ。

無事に、辿り着いた歓喜の舞をしているかのよう。

その姿をみたのは今朝。

ちょっと早めに用事を済ませて、今日は絶対に散策しよう!

そう決めた。

そうだ、デジカメ持ってでかけよう。

春らしいスナップが、何か撮れるかもしれない。。。

午後2時を少し回った頃、体が空いた。

クロスボディタイプのバッグに、デジカメと小銭入れだけ放り込む。

半袖Tシャツの上に化繊系の軽めのハーフコート羽織る。

ボトムはデニム。

でもって、赤いシューレースのスニーカー履いて外に飛び出す。

気分はもう、『赤い彗星』(笑)。

電光石火の如き、飛び出しである。

散策なんてのじゃなく、超足早となる大股歩き。

手始めに行きたい場所があったから。

自宅から数分歩いたところにある緑地公園。

目に優しい黄緑が増えてきた。

はい、どうぞっ! 新緑です。

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早足で息を切らせた分、肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。

黄緑色の新入り葉っぱ達が光合成で濾過してくれた澄んだ空気。

芝生にゴロンと仰向けに寝転がる。

掌を二枚合わせた枕に頭を乗せて、青い天空を見つめる。

それから、目を閉じてみる。

これまた、鳴き慣れていない新参の鴬が、ウブながらも美声で鳴く。

暫く、陽の光の下、空に相手をしてもらう。

むくり。

もっとビビッドな色も探してみよう。

大きな公園を一周して、今度は住宅街へと足を向ける。

『桜』の大将、ソメイヨシノの花はすっかり散ってしまった。

でもね、違った桜色が街を彩ってる。

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ひと枝に Zoom in!

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花の種類には詳しく無いが、こんな花を咲かせてる街路樹も。

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いつも上を見ながら歩いてるからって、忘れてもらっちゃ困る。

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そんな主張が聞こえてきそうな花。

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そして色、様々な色たち。

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寒くて、コート仕舞うも儘ならなかったけど、もう灰色じゃないね。

空気には冷たさが残っているけど、春が彩りを飾り、その存在を告げてる。

『なんだ、しっかり来てるじゃん!』

今年の春は、まるで内気な子か、いたずらっ子のように、

そっと、

忍び足でやって来た!

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人は多面体と同じ

一般人である俺は、自分が書きたいことをブログに書き連ねている。

匿名のため、何処の誰なのかは読んで見たところで分からない。

たとえ、名乗ったとしても、『誰?』の世界である。

心がけているのは、匿名だからと言って、誰かの事を具体的に記事にしないようにしている。

少なくとも、ブログは情報ネットワークの上で公開されている。

自分の受けた印象だけで、誰かの事を好き勝手に書き連ねて良いわけがない。

感銘を受けた良い話なら別だろうが・・・

匿名だからと言って、批判や非難に満ちた事を書き連ねてはならないと思う。

匿名だからこそ、そこは守らなければならないモラル。

私小説めいた文章を書けなかった、最大の理由はそこにある。

短からず生きていれば、人生の中で色んな事がおきる。

中には他人を非難したくなる事もある。

主観的には、そう感じる事柄もいくつかある。

ただ、そうした諍い事も、相手には相手の言い分があるのではないだろうか…

思うところがあるのでは無いだろうか。

そう考えてしまうと、公開しない日記レベルには書き記せたとしても、ここには書き残せない。

俺が誰なのかを知っている、ごく一部の人だけをこのブログに招待している。

その人達は、既に親しく人柄を知り得ている友人、知人に限定している。

だから、それなりに付き合いを積まなければご招待しないのだが…

ブログという手段で、記事という文章を残すきっかけをくれた人。

書きたい意欲を掻き立てて下さった方。

この先も親しくしたいと感じさせる物を有している人物。

まだ知り合って短期間ながら、そんな或る方を招待してみました。

過日メールを頂戴したのですが、感想として要約すると次のような内容だった。

『いつもお見かけする人とは、全くの別人が書いていらっしゃるような…』

う~ん。

それはそれで微妙な感じ。

第一印象も含めて、いつもどんなイメージを抱いているのか個別に尋問しないとね(笑)。

仕事柄、警察関係にもちょくちょく出向いているから、忠実に再現できる取調べ室をセットとして用意しよう。

実際は置いてあるの見た事も無いけれど、裸電球の装着された電気スタンドも用意して。

ま、その方は食習慣からカツ丼は食べれないのだけれど(爆笑!)

何となくは分かる気がする。

やや身体下方方面の話題を奔放に繰り出し、多くの男性陣に笑いを振り撒いているが。

時に…

いや頻繁に…

いやいや、いつも…

女性陣の多くは引いているかな(笑)。

でも、『最低~っ!』って罵倒されながら、その顔が笑顔なのには救われている。

俺本人からは、少なくとも引き攣っている顔には見えていないから。

そんな印象を持たれるような人が、この精神世界や倫理観のような記事を書いている。

付き合いが浅ければ、別人と思っても不思議はあるまい。

血気盛んな、まだ若かりし頃に色んな失敗を重ねて、現在の自分が存在している。

人格としての基礎は、かなり太めのしっかりとした杭を何本も打ちつけ、地面に串刺しにしているから変わり無い。

それでも、実際に会って談笑する時は、相談事でも受けない限り、基礎と屋台骨をスケルトンで見せるような事はしない。

Barでも、居酒屋でも、お酒を飲めない人はレストランでも、Cafeであっても、どこでも良いのだが、そこに居場所を求めるのは、『自分の所属するリアルな環境からの開放』、そうした目的も少なからずあるのではないだろうか?

これは、俺自身の自己分析。

そんな目的を持った人達が顔合わせする機会が増え、『常連』になるのだから、真面目くさった重ための話題より、日常の鎖を断ち切り、その刹那だけでも気分を軽くする、wit に富んだ軽妙な話題の方が楽しい。

幸いな事に、天からも話術という才を少し多めに与えてもらった。

他人格が存在するのではない(俺は二重人格者、多重人格者では無いから:笑)。

先に述べたように、人格の基礎は何も変わらず根付いている。

建築用語で言うところの『上物』の角度だけ、立ち位置、見る位置、見る者によって異なるのだろう。

切り口が変わるのだから、見栄えが変わって当然である。

身体下方方面の話題の多い『エロいオヤジ!』と見られれば、その一面はまさしく俺。

いつも道化てて、笑いを提供するためならば自虐ネタでも、変装でも、何でもありの『おバカな人』と見られれば、その一面も正しく俺。

心理的な深い話を述べ、時に硬派な一面を見せる 『エエ格好しいの男っぽい人』も、俺の一角。

その全てが、俺という人格の上に乗っかっている上物の一面。

俺だけではなく、皆が多面体だと思う。

仲良くなった美容界の重鎮に笑い話を振り過ぎた時に窘められた。

『俺の何を知ってるって言うの?』

そう、詳しいことなど知らないし、逐一詮索などもする気ない。

明るい話題を振り撒こうとして、その人の一面のみスポットライトを当てて振ったのだが、どうやら、その瞬間のご機嫌にはそぐわなかった様子だ。

土台となっている人格を認めているから、親しくしたいと願っている。

そのスタンスは変わりが無いから、次に会った時、即、笑顔で握手! となる。

本当に、その人のことを理解したいと思ったら、上物だけを見るのではなく、基礎をじっくりと検証することだ。地震(不測の事態)にも耐えられる、しっかりとした物かどうかを。

ただ、上物も年齢と共に研鑽を重ねてゆくと、角が削れて多面でなく曲面になる。

多面体でなく、球体に近い人物。

研鑽がなければ至らないのだが、そんな滑らかな曲面を持つ人物になれたらいいな。

たまに尖った角を出したとしてもね、ズブっと一刺し(笑)。

しっかりとした基礎の上に立つ、滑らかな曲面を持つ、丸い球体様の建築物。

それが俺が求める、俺自身の人物像。

中に入ると、ほんわかと暖かい・・・ならば、尚良し。

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誰かのための Energy たれ

自分のためだけの欲求を抱いて、生きても良いと思う。

生きる欲求が希薄な人よりは、ちょっとマシって水準ながら。

出世欲、金銭欲、名声欲、権力欲・・・性欲だってそう。

それがあるから明日へ向かって生きていける!

そう思えるなら、まんざら悪くも無いだろう。

実際に、そうした個人欲だけを活力にして生きてみればいい。

いつか空しい虚無感がやってくるはず。

その感覚を覚えるのは、その人の意識次第。

だから、それを何時感じるのか、それが何時訪れるのかは分からない。

比較的若い頃に挫折した時かもしれないし、死を目前に迎えた瞬間かもしれない。

もしかすると、死ぬまで理解しない人もいるのかもしれないね。

哀れなことだ。

小学校低学年で教師から教わる漢字。

『人』

見事に支えあっているが、チビにそれを語ったところで実感など無い。

『入』

と、どう違うんだ?

えっ、おい先生よぉ??

ひねくれたチビすけだった俺の記憶。

バカなガキだった(苦笑)。

でもね、きちんと記憶に残っているからさ、教えた甲斐はあったぜ、先生!

色んな人生経験を積んだ今。

『人』

この文字の形象が意味すること。

ものすごく理解している。

殊更、苦しくてたまらない時に誰かに救われた経験があれば分かる。

物質的な苦しみ、なんて軽薄な苦しみじゃなく。

精神的な苦しみから救われた経験があるならば。

きっと理解できる。

『人』が『人』の心を救う瞬間は、とても温かい。

何の見返りを求めてくるわけでもない。

あるのはただ、心の温かさのみ。

その温もりだけで支えてくれた。

側にいてくれた。

人から受け取る柔和な Energy。

たぶん俺は、多くの Energy を貰えた、かなり Lucky な人間の一人。

ただ、そんな Energy を感じら取れない不幸な人もいる。

俺、気付くことできたから。

今度は、誰かに与えられる人間になろう。

誰かのための Energy になろう。

だって、幸せそうな顔見れるんだぜ。

飛びっきりの笑顔が見れるんだぜ。

己がためだけに生きてたら、きっと一生涯見れない顔。

俺も、少しくらいは身に纏えるようになってきてるのかな・・・

そんな、誰かのための Energy を。

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『器 』

魂や精神の容器。

人とは、ある種『器』のようなもの。

『器』は、意識して大きく育ててゆくしかない。

『器用』に生きようが、『不器用』にしか生きられなくとも・・・

言葉である『器用』も『不器用』にも、『器』の一文字。

器が上手に用いれる?

器が上手に用いれない?

心の大きな人の中にも、不器用な人はたくさんいる。

たぶん、人としての器が大きすぎて、それをうまく使いきれていない。

器用な人・・・

要領などという小手先で、その小さな器を転がすように使う。

俺、そんな器用すぎる人は好きじゃない。

他人をその小さな器で掬い取って利用しようとするが、利用できない人を決して掬ったりしない。

手を差し伸べることすらない。

人としての器が小さすぎて、掬い取る心すら持てないのだ。

器が小さく度量の無い人間は、そこまでの振る舞いしかできない。

掬えない器では、誰をも救えない。

そこの不器用な大物さん!

今すぐ、上手に生きられなくてもいいじゃない。

こんな時代だからこそ、器を拡げ、大きく育てる意識を持ちましょう。

器の大きい、度量のある人間は、他人に対して優しく、何よりケチケチしない。

お金の有る無しを言ってるんじゃない。

心の有る無しが大事なのだ。

一緒に時間を過ごしてくれた女性、大切な友、仲間。

楽しい時を一緒に過ごしたのだから、払える範疇で 『ここは俺がっ』 って思ったなら・・・

食事の終盤、お手洗いに立つフリでもして先に支払っておけばいい。

案外、スマートアウトできて楽。

お礼って? 

楽しかったんだから、お礼を言うのはこちらの方さ。

俺そんな裕福じゃないからいつも出来るってわけじゃないけど、また一緒に食事にでも行こうっ!

じゃなっ!

その言葉で締め括れば良いだけ。

格好つけれない奴は、器の大きさも見切られてる。

そんなのに・・・憧れますか?

損したくないなら、せこく、細かく生きれば良い。

ちょっとぐらいの損なんぞ、自分が働いて取り戻しゃいい。

それに損・・・と思うくらいなら、自分から誘っちゃダメ。

財布に数千円しかなくとも全部取り出して、足らずをカードで支払うぐらいの男気を持て。

コンビニにお金おろしに走れ。

それぐらいの事が出来て初めて、強引に好きな人を誘い出せっ。

出来なきゃ、呼び出したりすんな!!!

と、誰に対して言ってんだか(笑)。 

自分の器、ちゃんと見つめていますか?

ちゃんと磨けてますか?

たまには、客観的に見てみましょう、あなた自身のその『器』。

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贔屓の引き倒し・・・

赤ヘルか赤帽。

それが俺の小学校時代のスタイルだった。

70年代の幼少期を、広島という地方都市で過ごした少年にとって、憧れの背番号は『8』。

そう、全盛期の山本浩二選手。

チャンスに滅法強く、華のある選手だった。

そう言えば、俺はいつの頃か、あれだけ好きだった球団を応援しなくなった。

弱いから。

ミーハーとは違う。

負けるから弱い。弱いから負ける・・・

贔屓をしているこちらは思い入れがあるから、最初は敵が憎い。

だが、あまりに負けすぎると・・・

愛して止まない選手達を罵倒する応援者となる。

それは良くない。

弱すぎる球団故に、思い入れをしないようにしている。

精神衛生上よくないから。

話変わって。

人に対してもそう。

贔屓が強すぎるとよくない。

その人が、贔屓に応じて光輝けば良い。

相乗効果。

だが、その人がコケ続けると、結果は贔屓球団が弱いのと一緒。

ボロかす。

あれだけ熱を入れて応援してやったのに・・・となる。

最初は純粋に応援しているだけだったのに。

それが嫌だから、特定球団を応援するのを止めたのと同じで、特定の人を応援するのも止そうと思う。

歯がゆいのである。

もし、そこに『自分ならばこうした・・・』などと考え始めると、もっと嫌気がさす。

俺は、やはりスイスで行こう。

永世中立国。

物価はバカ高く、軍事費もバカにならない中立国だが・・・

環境(=精神衛生)は抜群によい。

レマン湖のほとりの空気は澄んでいたし。

アルプスを下る峠道も曇ってなかった。

贔屓目という濁りで目が見えなくなってなかったから。

今夜も、贔屓の人はボコボコ。

仕方が無い、弱いのだから。

しょうが無い、不器用なのだから。

俺は、もう贔屓目で応援するのはやめている。

あるがまま、なすがまま。

流れゆくまま、刻のすぎゆくまま。

それが運命。

これが運命。

一言だけ残せるとしたら、『格好悪いのはよくない!』

弱くったって構わない、格好だけはつけて行こう!

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三十数年ぶりの『なんじゃいっ?こら~っ!!!』

今日は早めに仕事を終えた。

小学校時代からの竹馬の友に会うため。

彼は、規模は小さいながらも、とある外資系企業の社長さん。

だが、俺達は昔のツレだから、彼が俺に偉そうに振舞うことは絶対にない。

『銀座に出て来れないか?』と誘いの一言。 

約束の20時過ぎ迄、久しぶりに大通り沿いをウィンドウショッピングする。

どうやら、俺に対してお礼がしたかったらしい。

彼が奥さんへの誕生日ギフトの手配を頼んできた。

ライバル企業である、俺の勤める会社の製品の手配を頼んできた。

奥さんの、たっての希望だったようだが、仮にも、雇われの身であっても社長様。

頭を下げて頼むのは、気持ちの良いものではなかったろう。

そう察した俺は、その日のうちに用意して、自ら届けてやった。

そのお礼の気持ちだったようだ。

彼は今夜、夜通し本社のある英国とビデオ会議が待っている。

『あいつら火山灰で動けないから、鬱憤を俺にぶつけてくるだろうが、こっちは今日の売り上げが、滅法いいんだよ!』 

上機嫌で話する彼と、一時間ばかしの楽しい刻を、焼き鳥屋で一緒に過ごし、俺が腰を上げる仕草を出してきっかけを作り、笑顔で別れた。

・・・ここまでは、とっても気分が良かった。

銀座からは、銀座線に乗り表参道で半蔵門線に乗り換えて、自宅へと向かうことになる。

半蔵門線の急行電車は混み合っていた。

体の大きい俺は、できるだけコンパクトになろうとドア横の角へ体を入れる。

後から突入してくる人の波。

できるだけ邪魔にならないよう努力するが、いかんせん体が大きいのだけは、どうしようもない。

最後の一人、サラリーマン風の30代ぐらいの男性が押しこむように乗車してきてドアが閉まる。

『ん?』

そのサラリーマン君が、グイっと肩を回すように小突いてくる。

気のせいか??

もう一度、その行為を繰り返す。

俺のバッグでも当たったのかな・・・すまなさそうに肩をすぼめて見せ、小さく頭を下げ『スミマセン・・・』のボーズ。

明らかに敵意がある視線を、後方斜め45度に立っている俺に対して、振り返るようにしてぶつけてきた。睨みつけてきた。

一度、首と視線を正面に戻し、もう一度同じ睨みつけ。

最後に、『ちぇっ!』と舌打ちして、更に、ガラス越しに睨みつけてくる。

『なんじゃいっ、こいつぁ? ワシになんかインネンでもあるんかいっ?』

出たっ! 

二十数年ぶりの広島的小龍(グァンタオ・ダ・シャオロン)が、少しだけ目を覚まし頭をもたげた。

もう、喧嘩をするほどの子供でも、馬鹿な大人でもない。

それでも、広島弁で囁くもう一人の俺。

はるか昔に置き去りにしてきたはずの、やんちゃな俺がつぶやく。

『態度の悪い奴ぁ、ちょっと、懲らしめちゃらんといけんじゃろうが・・・のぉ?』

あ~あ・・・。

まるで菅原の文さん。

自分の名誉のために述べるが、決して頭に血が上っていたわけではない。

きちんと礼を尽くした後、理不尽な態度に晒されたため、 『懲らしめたい』感情が湧いた程度。

だって、今夜の俺は、すごく気持ちが良いまま帰宅したかったのだ。

竹馬の友とは、広島で一緒に幼少期を過ごした。

俺達の育ちが悪いわけではないが、広島市の端にある海岸線の町に育った人は、漁師言葉の影響からか、その人格等に関わらず、本当にガラが悪い言葉を使う。

今夜のささやきは、まさに『仁義無き戦い』の菅原の文さんを、更にガラ悪くしたような、思春期当初ぐらいの俺のもの。

真の広島人の広島弁・・・

次の駅は渋谷。

少しだけ人が降り、多くがまた乗ってくる。

足の動かせるスペースが開いてしまった。

体の向きと位置を変え、そいつの真後ろに真っ直ぐの仁王立ち。

俺は、斜めから人様を睨みつける行為は大嫌いっ。

正面から正々堂々と視線を飛ばし合うのが男同士。

ガンを飛ばすとは、そういうこと。

東急田園都市線へと線路は進むが、三軒茶屋でも、まだ地下を進んでいる位置。

真後ろに仁王立ちする海坊主は、嫌でもガラス越しに写る。

更に、本を読もうとおでこ付近に跳ねあげていた、青色の勝ったメガネを降ろし、かけなおす。

ん~、傍目に見たらグラサンかけた、やばいオッサンかなぁ・・・

そいつ、最初のうちは威勢良くガラス越しに、執拗に睨み返してきてた。

普段の俺は本当に人畜無害で飄々としている。

自分から詫びる必要無くとも、すぐに詫びる。

さっきのように。

しかし、その争いを嫌う鳩派の俺は既に姿を消し去り、別人が立っている。

スイッチをすっかり入れ替えた。

錆びてはいるが、硬派でタカ派の俺が立っている。

そいつの真後ろで、両腕を組んでガラス越しではあるが真正面から目線を外さずに立つ。

そいつ、こちらを確かめるように振り返り、目線が合った瞬間、慌てたように首を戻す。

『なんじゃ、わりゃあ?』

『そんな根性も座っとらんのに、人様に喧嘩売っとったんかぁ?』

首を、コキコキと回し始めた頃には、そいつはタヌキ寝入りを決め込み始めた。

『ほほ~っ』

弱い奴にはとことん強く、強そうな奴にはそれかいっ?

普段の俺は、絶対にそんな思考も志向も皆無。

そいつが見せた態度の悪さを、俺では無い他の誰かが受けたとしたら、それを向けられた人がたまらん。

『絶対に、懲らしめちゃるけえっ!』 と決めた。

そうなるともう、肝の据わり方が違ってくる。

次の三軒茶屋駅では、また人の入れ替わりがあった。

そいつの真後ろでの仁王立ちを、俺はやめていない。

多少、電車が揺れようとも、ビクともしない。

後ろから、ギュっと押してくる人の圧力。

そいつの事を、まるで恋人でも守ってやるかのように、背中からの圧力を強く踏ん張り、押し返す。

ドア枠の上に額縁があって、路線図の案内紙が挿し込まれているのだが、俺はそこに右手をつき、そいつの頭越しに、片腕一本で後ろからの圧力を押し返す。

そいつの寝たふりの視線が、薄目を開けて見ている。

俺は、右手に力を込めながらも、目線はそいつの顔から絶対に離さない。

瞬間、背中が萎んだ。そして、また寝たふりを決め込む。

『ふんっ!』 と鼻息をわざと出してやったら、『びくっ!』肩が驚いたようにあがり、こちらを怖れた表情で見てきた。

俺は、同じ45度でも、上から下方45度を見下ろすように仁王立ちしたまま。

勝負あり。

彼我の差は、小人と巨人になってしまった。

二子玉川、溝の口駅まで続けてやると、そいつは、堪らずにエスケープ。

恐らく、まだ急行電車に乗って帰らなければならなかっただろうに、接続する普通電車の方に、そそくさと逃げていく。途中、振り返る姿が何とも情けない。

『情けないのぉ』 と、若かりし頃の俺が最後の囁き。

よく考えてみればわかるだろう。

俺はとうに四十を超えている。

そんな俺が、本気で喧嘩をするはずも無かろうに。

これしきの迫力に押され、尻尾を巻いて逃げていく。

もう、二度と満員電車であの態度は取らないだろう。

情けなく尻尾を巻いて逃げていった、そいつの後ろ姿を見届け、再び、電車に乗り込む。

ふと。

笑い出したくなる衝動に駆られた。

必死で耐えるも、顔が笑っている。

ドア横に、恐らく渋谷ぐらいから乗り込んできた若い兄ちゃんが一人、こちらを見て同じように笑っている。

たぶん、事の一部始終を見ていたのだろう。

俺は、歯を見せて笑い返す。

奴も、目線が合った瞬間笑い返す。

態度の悪い奴が、情けなく逃げ去ったのがおかしかったのだろう。

同じ駅で降りてたら、一杯奢って友達になれたかもな。

無駄なエナジーを浪費したが、『良いことをしたのだ』と強制的に自分に言い聞かせ、満足した表情で電車を降りる。

改札を出て少し立ち止まり、故郷にいるオフクロの顔を思い浮かべた。

若かりし頃の俺を心から消し去り、一言。

『お母ちゃんゴメン、もうせんけえね』(笑)。 

やんちゃなガキ大将の俺が、問題を起こすたびに詫びてた母の背中。

俺は、それを見たくなくて、喧嘩も悪さも止めたのだった。

普段の、僧侶体の俺がゆったりと大股で歩いている。

俺の知っている、ある生き方の達人に見られたら『破戒僧』と笑われたかも・・・

もう、広島的小龍が起きることはなかろう・・・

あの背中が見えてしまったから。

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自然には勝てない

人間がいかに文明や科学を発展させたところで、地球という母なる大地が発する力には及ばない。

欧州がすごい事になっているが、その影響は日本にも及んでいる。

どうやって母国に戻ろう・・・お互いに囁きあっている外国人の一団がいた。

物流も止まったまま。

癌を治療する貴重な薬品の輸入ができず、検査レベルまで危ない状況らしい。

たかが火山が噴火しただけ。

地球が内包しているマグマを、アイスランドの火山が噴出しただけなのだが・・・

混乱は英国から世界へと波及している。

火山灰の粒子はとても細かいから、ジェット機のエンジンや機器に障害を発生しやすい。

墜落するかもしれない飛行機を飛ばす航空会社は無い。

ヒースロー、シャルル・ドゴールといった国際ハブ空港がマヒしている。

欧州に駐留したまま帰国できない邦人は1万人を超えているらしい。

逆に、成田から出国できない外国人も、空港でフライト再開を待ちかねている。

飛行機が飛ばないのだから、どうしようもない。

海外製品を扱う我が社も、追加製品、備品も全てストップ。

食料品の一部もすごいことになっていると、畳み掛けるように報道が伝えている。

わが国日本は島国であるが故に、他国への依存度はより高い。

毎日空輸されてくる、割高ではあるが命の素となる食料、その他のありがたさを実感するには良い機会かも。

加えて、国内は国内で、天候不順による野菜の高騰である。

こちらの方は、消費者の目や感心を取り戻したい小売・スーパーが頑張って、何とか入手できているが・・・

食料品が全く流通しないようなパニック状態に陥ったら。

そう考えたら、ぞっとした。

いっそ丸の内のビル街、新宿や渋谷の繁華街など、あらゆるビルの屋上を家庭菜園や、巨大ビニール農園にしたらどうだろうか?

土や水田の水は、ヒートアイランド現象の緩和にも貢献できるはず。

何より、ミツバチが飛び、蝶が舞い、バッタが飛び跳ねる光景がビルの屋上ですぐに見られる。

ちょっとした昆虫展より楽しいくないか?

でも、農家がね・・・

混乱を伝えるニュースを見ながら、そんな想像の世界に片足を突っ込んでいる。

想像の世界に入り込むのも悪くない。

月曜日の喧騒、戦場のような職場での仕事を終えて、ふと、一人遊びしている今夜。

想像こそ創造の産物。

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上から目線の『可哀想』

『可哀想に・・・』

どう表現していいのか分からないほど悲しく辛い話を聞いた時、つい口をついて出そうになる言葉。

最も、出しやすい言葉。

でも、実はそれは憐れみの表現。

ある種、上から目線に立ってしまっている言葉。

聞いている自分に、その痛みは実感はできないが、想像することはできる。

その想像が実体験に近いほどの現実感を持てていれば、少なくとも『可哀想に』にはならない。

この『可哀想に・・・』は、意識して使わないようにしている。

他者から、かける言葉が見つからないほどの衝撃を受ける話を打ち明けられたり、辛い経験を聞かされた時には、敢えて言葉をかけて癒そうと、無理をしないことだ。

一緒に泣いてやればいい。

その人との関係次第だが、抱きしめてやればいい。

手を握ってやればいい。

重くて、辛い相談・・・

いや、あれは相談などではなかった。

その重たい告白を聞かされたのは、二十歳直前だった。

なぜ話相手が、俺だったのだろう。

彼女は高校時代の同級生。

俺にとっての高校時代・・・

それは、自分の自意識が一番強かった時期だった。

異性を意識しすぎるがあまり、女の子達とはうまく話ができなかった。

“Manish”な感じのする女性。中性的な感じで接してくる女性としか、うまくコミュニケーションがはかれなかった。

一学年上の一人の女性から、猛然とした好意を寄せられ、チャッカりと経験だけはしていたのに、その自意識の高まりは、高校生活の終盤まで解けることはなかった。

重たい告白をしてくれた女性は、その“Manish” な女友達の一人だった。

短大に進学したその彼女とは、高校卒業後、全くの音信不通だった。

いきなり電話をしてきて、『会える?』 と尋ねてきた。

少し暗い声音のように感じたので、気になった俺は。

『うん、いいよ』、と即答。

『だけどね、ちょっと学校に用事があって出かけないといけないんだ』。

『あっ、そうだ。どうせなら、車に乗っていくからドライブにしようよ。その方が楽しいし』

ちょうど俺が受験する時期、親父の勤め先がグラグラと揺れていて、その経済的な理由により、東京、京都といった、大学の密度が高いエリアにある有名校の受験は止した。

元々、興味を持った好きなことには滅法のめり込むが、興味が全く湧かない事柄には、これっぽっちの努力もしない性格だった。

そため、学校のスコアシートは俺の性格そのものを映し出したようにムラがあった。

できる科目は優秀だが、出来ない科目は全くダメ。

とても国公立の受験をパスできる安定性など無かった。

『他所で大学生活を送りたいならば、国公立に受かってから言ってこい!』

親父に、そうはっきりと宣告されたのは、高校2年の3学期だった。

親父は勉学を極めたかった人だった。戦後さほど年数を経過していなかった親父の青春時代。

母親だけが片親の貧しい家庭環境の中、6人兄弟の末っ子でもあり、叔父、叔母は皆、中卒までしか学業に専念させてもらえていなかった。

晩成型だった親父は、中学校半ばから向学心に目覚め、そこからの爆発力が凄く、とにかく優秀だったらしい。

親父の幼馴染みが実家の近所に住んでいる。

親父の一周忌の時に我が家に来てくれて、色々と昔話を聞かせてくれた。

俺が知っている親父は、大変な努力家だった。

本の虫とは、まさにこうゆう人なのだろう。

そう思えるほど、暇があれば本を読んでいた。

都会での大学生活への、その条件は、向学心に乏しい俺への、発破がけでもあったのだろうが、浪人など全く許されない状況の中では、既に手遅れだった。

高校2年時、その一年間の数ヶ月だけ、集中して勉強した時期があった。

『文筆によって生きたい!』

親父の血を引き、本の虫だった俺。

淡い夢でしかなかったが、何かを書くことで生きていきたいと願った。

夢は見ているだけでは、夢のまま終わってしまう。

具体的な目標を持たない俺の淡い夢は、たかだか、それしきの障壁だけで、夢のまま終わった。

その僅か半年ばかりの学習の蓄積で、その地方では、まずまずの私立大学に入学できた。恐らくギリギリ受かった感じでは無かったのだろうか・・・

息子の『淡い夢』を現実に近づけてやることができなかった気持ちもあったのか、普通免許証を取得した直後、自宅から原チャリで通学する俺に、親父は中古車を一台買い与えてくれた。

その頃には、オヤジの勤め先は一部上場の大手企業に吸収合併されていて、経済的には安定していた。

だから、俺は大学生ながら、車を所有していた。

自宅からキャンパスまでは、片道約20km。

地方都市とは言え、大きな街中の中心を貫く幹線道路を抜けなければならないから、度々渋滞に引っかかり、1時間近くを要することも良くあった。

隣町に済む彼女をピックアップして、そのキャンパスへと向かう。

一年ちょっと会わないうちに、心なしか女性っぽくなっていた。

お化粧のせいもあったのだろう。

だが、性格そのものは変わってなかったので、ちょっとした昔話をしながら車を走らせる。

あの当時、誰が誰を好きだった。

あの娘は、あんたが好きだったみたいだよ。

そんな感じの話ばかりだったと思う。

途中、出来たばかりという感じのログハウスのレストランでランチを済ませた。

正門を抜け、駐車場へ車を止め、レンガ敷きの中庭まで階段を上って行く。

小柄な彼女と、長身の俺。

歩調を合わせるように、ゆっくりと歩いていく。

その中庭の横にあるベンチを指差し、『ちょっと、そこで待っててね』と言い残し、俺は自分の用件を先に済ませるべく、教授棟へと体の向きを変えた。

3歩半進んで、クルッと振り返り、『20分くらいかな・・・最悪30分見といて』と笑顔で言い放つ。

『うんっ、分かった』と返してきた彼女の顔も笑顔。

少し汗ばむ初夏の頃だった。

日陰のベンチながら、暑いだろうと思い。

用件を早々に済ませた俺は、学食への坂を駆け上がり、缶ジュース2本を買って持って戻ってきた。

何か思い詰めている風に見えたから、『ひょい』と目の前に缶を差し出す。

少し戸惑ったような表情を見せ、反射的に受け取った彼女は、『まずいとこ見られたな・・・』とバツの悪そうな感じだったが、『ありがと』と小さな声で言った。

俺は、わざとらしくドスンっと横に腰掛けて、二人並んで、校舎横から見える小山に目を向けた。目をあわさないように意識しながら。

『暑くなってきたな、もうすぐ夏本番だよ』 正面を向いたまま、普通の調子で語りかけた。

暫く続く沈黙。

沈黙が苦手な俺だから、いつもならば、わざとらしい笑い話に持っていくのだが、何となく、隣に腰かかけたまま、沈黙でもいいのかな・・・と気を置かずに正面をぼうっと見ていた。

『あのね・・・』と、何かを言いたげに切り出す彼女。

どう話せばいいのか、言葉を選んでいる風でもあった。

俺は、正面を向いたまま、『ん?』と声にもならない感じで返す。

構えて話を聞く感じではなく、何となく、そうするのがいいと感覚が教えてくれていた。

『バイト終えて帰宅する途中・・・』

『自転車に乗って帰ってたんだけどね、バイクが後ろから近づいてきて、いきなり引きずり倒されて・・・』

『レイプされちゃったんだ・・・』

途中、何度も息を入れるようつまりながら、告白を続ける彼女。

『・・・逃げれなかったんだ・・・大きな声とかも出せなかったの?』

『・・・うん』

『〇〇(彼氏)に、それ打ち明けたの』

『・・・・・うん・・・・』

『そうか・・・』

それ以上の言葉は、何も出てこなかった。

無理をして笑顔をつくろうとする彼女が痛々しかったが、その表情を覗き込むような事はしなかった。

あの明るかったあいつの心に、消す事のできない傷をつけたのは、欲望に駆られた馬鹿な下衆野郎が一人。

彼女の人となりがどんなとも知らないくせに、自分の欲望を果たさんがためだけに、誰ともわからぬ大馬鹿者が、あの明るかったあいつの心の中に、一生消せない傷を作りやがった。

帰り道、努めて明るく話す彼女から、彼氏と別れたことを聞かされた。

たぶん、そのことが原因の一つでもあっただろう。

あいつの何かが穢れたわけではなかったろう。

あいつも、俺が知るあいつの彼氏も、何かが汚されてしまったように感じたのかもしれない。

俺は、そんな告白を聞かされながら、『激しい憤りは感じても、彼女を可哀想だとは決して思うまい』と心に誓った。 

こいつに哀れみの目を向けるような、被害の及んでいない第三者が上から目線で見た憐れみの言葉を、簡単にかけるような行為は絶対にしない。

そう決めた。

何より、俺、こいつにそれほどの傷を与えた、『男』という性別の人間の一人。胸の中に灼熱した鉄片を当てられるような痛みを受けつつ、憐れみの感傷などは持たず、『男』としてすまないと感じていた。恥ずかしいと感じていた。

『可哀想』という言葉は、その時以来、意識的に使わないようにしてきた。

あいつ、今でも元気にしているのかな・・・?

20数年を経てなお、俺の中の記憶は、あの悲しそうな表情とともに蘇ることがある。

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精神世界

特別な信教は持っていない。

別に宗教が嫌いとかではない。

あまりにしつこく入信をアプローチしてくるところは別だが、人それぞれに信じるものがあるだろうし、それが心の支えになるならば悪くはない。

俺が宗教に興味を持たないのは、自立した精神世界を持ち、死生観を持っているから。

そのベースには、もしかすると親、親の親、またその親と受け継がれた宗教があり、その世界観が遺伝してのものかもしれない。

だが、ありきたりの日本人のように、神仏両方につかず、はなれずな感じである。

初詣は神社に出かけるし。

法要ともなれば、お坊さんを自宅に招く。

それが良かったのだ。

自分自身の考えが定まる前に、固定概念を移植されることが無かったから。

俺は、とても幸せな環境で育ったと感謝している。

親が熱烈に信じる精神世界を、そのまま『俺』の精神に移植される環境ではなかった事に感謝をしている。

仏教世界は非常に奥が深くて、それを探求するのは楽しいかもしれない。

それでも俺は、『輪廻転生』に否定的だから、そこへの探究心は湧かなかった。

友人、知人と色んなことを話していると、TV番組の影響も手伝うのだろうが、前世がどうだった。自分の持つカルマがどうで・・・ 

といった話題になることも少なくはない。

俺は血液型が性格に直結するとも思わない人なので、日常茶飯事に繰り返される血液型の話題よりは遥かに深い話題なのだが、何せ、端から『輪廻転生』はないと思い込んでいる人だから、どうもしっくりこない。

きっと、自分自身の死生観、精神世界を持っているからだ。

『俺』という個性、肉体はこの世に一人きりしか存在しない。

その中に宿る精神も、どこかからか飛んできたものではなく、子供の頃から両親や、周囲の大人たちによって育まれ、この身に定着したものだと信じている。

ひとたび死を迎えれば、『俺』という個性も、体も、その中に宿る精神も消え失せる。

『俺』の持つ経験や感情といった、脳内でコントロールされているものも全て消滅する。

『俺』という人間は『俺』であって、前世がどうだったから、今世がこのようである。

そうした安直な話で語られるほど簡単な存在ではないと信じている。

複雑な精神構造を持ち、強欲、色欲、怠惰、自尊心などに翻弄され、時に自己嫌悪に陥り、時には劣等感にさいなまれ、反対に優越感に浸ったりと、無様な生き方をしてきた。

その無様な生き方、人を傷つけ、自分が傷つく中で、自我を確立し、他者を理解して受け容れるだけの精神構造、精神世界を持つに至った。

未だ、達観しているような境地には立っていない。

ただ、『受け容れる』感覚だけは、根幹に根付いたと感じている。

『輪廻転生』という言葉や、考え方があるから、人は苦しみから解放される時もある。

心の支えになるならば、そうした思考、信心も悪くはない。

これも、他者の感えや宗教観を受け容れているから述べられること。

俺にとって、『輪廻転生』を肯定することは、どうも自分の逃げ道をつくるようで嫌なのだ。

昔、『来世でね』 と言って別れた女性もいたが、その当時から、この感覚は変わっていない。

その場は、彼女の気持ちを尊重しただけで、単なる別れ言葉として受け取ったが、別れてしまえば二度と逢うことはないのだ。

『来世』などは存在せず、この同じ時代に生き、時間を共有できたからこそ巡り会った。

今生しか存在しないからこそ、その愛は深まった。

それが分かっているからこそ、常に真剣勝負なのである。

『来世でね』という言葉に逃げたりしないから、俺の別れは真剣勝負の果ての敗者となる。

血みどろで横たわる骸。

大概の人は、血みどろで横たわる自分の骸を直視しようとはしない。

逃避の中で見出す言葉『輪廻転生』は、その大概の人を救う言葉や考えである。

同じ仏教観の中でも『愛別離苦』は、自分にフィットする。

『すっ』と心に入ってくる。

この言葉はとても好き。

人を愛し、愛されることは素晴らしいことだ。

貴く重たい経験だからこそ、その別れには修羅の苦しみが伴う。

軽い感覚で愛を語る人もいるが、そんな生易しい感覚では、本当の愛を語れないのだ。

親と子、男と女、その他の形でも何でも良いのだが、深い愛があればこそ、もし、その対象の人との惜別の時が訪れたならば、自分の体をもぎ取られるような感覚に襲われる筈。

『輪廻転生』という言葉や宗教観に逃げず、その身を切られる血みどろの感覚にさいなまれ、痛みと苦しみにのたうち回った事で、俺は、自分自身が人を真から愛せる人間になれたのだと信じている。

俺自身のその精神世界こそが、俺だけの信教。

俺みたいな人は勧誘しても無駄だね(笑)。

仲の良い有人からの請願であれば、お付き合いで新聞くらいは短期間契約してあげても良いけどね。

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色 -colors -

色が感情を持っているわけではない。

人の持つ感覚が、色をそれに結びつける。

情熱の赤。

冷静の青。

喜びのピンク。

躍動の新緑。

安らぎの淡黄。

無垢な純心の白。

感情を表す色々は、まだまだある。

季節、気候も色を中心に語ることができる。

昨夜の氷雨と打って変わり、柔らかな陽光が降り注いでいる。

まだ新緑は見えないが、風にゆられて光を反射する葉のきらめきが、その芽吹きを予感させる。

四季のある日本に生まれ育ってよかった。

複雑で学習するには難しいが、色んな表現の出来る日本語が母国語で良かった。

常夏の島、青いコバルトブルーの海にホワイトサンドビーチを持つ南太平洋の島々。碧色に透き通ったエメラルドグリーンにピンクサンドビーチを持つカリブの島々。そこに咲き誇るハイビスカス。ファイアーツリー。珊瑚礁の海を優雅に泳ぐツバメ魚、蝶々魚、瑠璃スズメ。

乳白色の夜明けが、日が昇るにつれてビビッドな色彩を取り戻してゆく。海よりもすこし淡い青色に、真っ白で力強い入道雲が力瘤を盛り上がらせながら、それでも、まったく重さを感じさせず湧き上がっている。

そんな常夏の島で暮らしたいと願った頃もあった。

だけど、今は四季折々に情緒をかんじさせてくれる日本で暮らしてゆきたいと願う。その時、その季節に合った色々に囲まれながら。

降り積もる純白の雪。キンっと透き通った冷たい空気の中、吐く息は淡く白い色。その吐き出した白は瞬間、透明の空気の中へと消えていく。雪の中、真っ赤な花を咲かす寒椿も綺麗。

春先は梅の白、濃い桃色から始まる。それはやがて咲き誇る淡い桜色へと移りゆき。葉桜の緑は、黄緑の新緑となって野山を覆う。

汗ばむ夏。青い空と白い雲。さんさんと光り輝く太陽と、その光を浴びてまっすぐに育ち、鮮やかな黄色を弾いているヒマワリたち。麦藁帽をかぶった、白い半袖シャツの子供達が黄色い歓声をあげて昆虫採集、水遊びに興じている。茶色い土の畑の中に、緑色のあざやかなスイカがゴロゴロ。トマト、茄子、胡瓜などの夏野菜も、それぞれの朱色、紫、緑をたたえている。

時が過ぎ、緑から薄黄色へ街路樹の銀杏の葉が色を変える。緑からベージュへとススキが野原の容貌を変えてゆく。もみじ、楓たちは、緑から深紅へと山々に彩り添えて色づき、やがて皆、枯れ落ちていく。

そして灰色の空を、葉の抜けた細い枯れ枝が線を交差させるように寒風の中にゆれ動きながら、引っ掻き始める。

ほんの少し例をあげたたけでも、一年の中で、これだけの色の変化に出会える。

あなたは、どんな色がすきですか?

どんな色を纏っていますか?

かつて、無色透明な存在になりたい。存在感の無い、存在になりたい。。。

と無表情に話した女性がいた。

あれこれ質問したりしないが、何か辛いことがあったんだね。

俺は、さっきのような色の世界を語ってあげた。

これだけの色がある世界の中で、あなたは生きている。

しっかりと存在している。

無色透明はもったいないよね。

何でもいいから色を持とう。

気分を変える意味でも、色を纏おう。

もうちょっと時間がたって、好きな色ができたら連絡しておいで。

暫くして、

『灰色になりました』 と連絡。

無色透明よりマシになったね(笑)と返信。

もう少したち、『キャメル色のカシミヤマフラー買いました』と連絡。

黒や紺など濃色のコートでも、オフホワイト、カーキ色のバーバリーのコートに合わせても暖かそう。いい色を選んだね。灰色より少し気分が上がったんじゃない?

『淡いピンクが好きになりました』

返信する必要は無くなった(笑)。もう大丈夫。

彼女は、きっと元気に過ごしているはず。

走ったり、動いたりするだけじゃなく、時には足を止めて見回してみるといいでしょう。

自分が囲まれている色を感じてみると、心の色も変わるかもしれません。

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季節はずれの霙の下で

卯月の半ば。

皐月は、もう目の前に迫っている。

それでも、季節外れの冷たい雨が降っている。

今夜は、俺を義理父と慕う娘の送別会。

いつも奴が主催する、騒々しいパーティではなくて、顔見知りの常連だけで送り出す。

そう聞いていたから、二つ返事で参加の意思表明をしていた。

お店についてびっくり。

主役の奴を挟み、見慣れた顔の男が二人。

たった3人?

そりゃ少なすぎるだろう・・・

さすがにそう思ったが、面子の凄さが勝る。

未完の大器の二十歳の娘を挟み、文化人、音楽人。

そして、よくしゃべるサラリーマンの俺。

軽薄な奴らが数いるよりも、奴を送り出す心を持った面子が集った。

主役の奴もきっと特別な夜と思ってくれたのだろう。

場を弁えそうにない連中は呼んでいない。

盛り上がらないならば、俺が盛り上げてやるさ。

なぁ、愛する娘よ!

場所を貸切の地下に移し、我々だけの送別会が本格的に始まる。

俺が奴に初めて出会ったのは、一年ちょっと前。

当時奴が付き合っていた彼氏に連れられて、俺達の隠れ家にやってきた。

俺は第一印象を冷静に分析して見極める。

見ていないふり、気付かないふりをして見極めようとする。

ある種、嫌なタイプの人間(笑)。

笑い話を振っても乗ってこない。

人見知りする娘(こ)なんだな・・・と印象を持っていた。

そんな奴は、暫くしてその彼氏と別れた後、何をトチ狂ったのかその店のスタッフとして働くようになった。

時たまだったが、色んな時間を一緒に過ごした。

奴はその場所を巣立ち、遠い上海へと飛び立っていく。

最初は、俺を含め前述4名での宴席だった。

だが、俺達は普通の面子ではない。

人数に反比例した盛り上がりを見せる。

冷たい雨の中、そんな陽気さに誘われたように、顔見知りの男女ペア。

奴が呼んだ、先日会った、あどけない表情のまだ嘴の黄色い彼女。

更に日本語のやたら上手な、それでいて話すスピードが亀ほど遅いイタリア人。

気付くと色んな顔が参戦して、7~8名の会になる。

騒々しい中、その文化人と義理娘の会話に聞き入る。

『こいつ、人間(人と人の心の交わり)をわかってきたな・・・』

俺は、こいつに対して何も熱く語ってやる必要は無いと確信した。

こいつならば、きっと高く飛べる。

アホウ鳥の勇姿が目にうかんだ。

ははは。

『アホウ鳥』って言ってやると、丸い黒目勝ちの目を吊り上げて怒るに違いない。

だが、かなりの賞賛を込めているからこそ『アホウ鳥』なんだ。

アホウ鳥は、数いる鳥の中でも飛翔力は随一といわれている。

ひと度風に乗れば、平気で数千キロ飛べるらしい。

ではなぜ、『阿呆(アホウ)』と、ありがたくも無い呼び名を戴冠しているのか?

アホウ鳥は、純粋なるが故に警戒心が無い。

素晴らしい鳥体と羽毛をもっていたため、剥製と羽毛を求める人に狩られた。

網でいとも簡単に捕獲できる彼らを、人間は『アホウ鳥』と名づけた。

大きな心を持ちながら、丸っきり警戒心の無い未完の大器。

あいつには、その『アホウ鳥(アルバトロス)』という称号を与えてやろう。

アホウ鳥が舞い上がれる貿易風だけ吹かせられたなら、俺の役目は終了。

先に家路につく。

都心から、わずか15kmばかり北西に離れた、横浜市の北端に到着した時には、冷たい雨は雪交じりの霙に変わっていた。

電車からバスへと乗り継ぎ、停留所でタラップから歩道に降り立った瞬間に、危うく足を滑らせそうになった。

傘をさしながら、トボトボと慎重に歩を進める。

白い息を吐きながら、急坂を進む。

ふと、晴れ渡った青い、南の空へ向かって飛ぶ、アホウ鳥の白い勇姿が脳裏に浮かんだ。

『お前ならば大丈夫、高く翔べるから。』

その光り輝く真っ白なアホウ鳥に向かって語りかけてみる。

俺は足元に気をつけながらトボトボと歩いている。

季節はずれの霰の下。

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会話は自己認識PartⅡ

半蔵門線に乗り、渋谷方面へと移動する。

前々職の時のホームである青一で下車する。

誰も注目しない路地を抜けて、行き着けのBarへたどり着く。

平日の火曜日、しかも青一の路地裏の奥底に位置する "Hermitage"

きっと、暇にしているに違いないと確信してドアを開ける。

何やら騒々しい。

一番手前に位置する4人掛けテーブルの角に座った女性が、驚きに満ちた表情を浮かべている、目線が合った刹那、笑顔へと変貌する。

『一年ぶりっ、覚えてますか?』

『忘れるわけないじゃん、米国在住のM美ちゃん。今日は妹さん一緒じゃないの?』

と同席の男女に目を向け、表情だけで軽く会釈。

M美ちゃんも美形だが、同席の女性もモデル並に綺麗だ。

そして男性も、少しぽっちゃり系ながら、イケてる面構えをしていた。

美形の集いがそこにあった。

ひとしきり彼女と再会の挨拶を交わし、先日購入したばかりのクロスボディのバッグを『MちゃんのLVのバッグと一緒に預かっといて!』と無造作に置き去り、羽織っていたコートをフックに掛ける。

店主のYちゃんが笑顔で近づいてくる・・・が、ほぼ満席である。アイリッシュバーのように立ち飲みをしているリーマン3人組が目に入るが、男には興味ないので目線をすぐに移動させる。

カウンターの一番手前に座った女の子が、これまた笑みを浮かべながら会釈してくる。先日知り合ったばかりのYちゃんという名のアメリカ帰りの女の子。邂逅率が非常に高く、2週間で既に3度目の顔合わせ。

『毎日、来てるんですか?』

『んなアホな。たまたまや。たまたま』

窮屈ながら、バイトのイケメン君が、彼女の横に用意してくれた椅子に腰掛ける。

暫くすると、注文していたドイツビールが目の前のタンブラーに置かれた。

彼女と乾杯をする。

彼女は、確かまだ20代前半。

どことなく、あどけなさが残った顔立ちの中、好奇心に満ちた瞳をこちらに向けている。

暫く、席を並べて会話をしていたが・・・俺達は、そんな間柄ではない。

二人掛けテーブルの空席が出来たら、すぐ移動をして、向かい合わせに陣取る。

そう、また色気の無しのフォーメーションである。

20代前半は、まだまだヒヨコちゃん。

背伸びをして羽を拡げてみても、産毛の残りは隠しきれない。

語る言葉に、重みや響きは伴わない。

でも、それは仕方が無いこと。

俺、23歳の頃何してたっけな・・・

とりとめもない彼女の、恋愛論に耳を傾けつつ、意識は自分の過去へとトリップする。

某国内大手百貨店に新入社員として入社した時、ちょうど彼女と同い年だった。

その頃はバブル後期だったので、サラリーは良くなくても、住環境を全て整えてもらえたり、何かと企業が新人を保護してくれていた。

教育費ってのも出せた時代だった。社会人として、大人としてのマナーの基本は、全て最初の会社で教えてもらい身につけた。

俺は、神戸の中心に位置する店舗が配属先だったので、灘区内に男性寮を用意してもらえた。

たぶん、6畳も無かったと思う。

縦長の、うなぎ・・・もっと短い、泥鰌の寝床のような部屋だった。

30名超の同期が入居したが、どういうわけだか、すぐに寮長という存在に奉り上げられた。

実家住所や電話番号までご丁寧に記載した手書きの名簿を作成し、人数分をコピーして配布した。我ながら、良く気の利くできた寮長様だった(笑)。元々、誰かの面倒を見るのが嫌いでは無かったのだろう。

その当時の出会いの場は、もっぱら合コン。それは今でも変わりないのだろうが、当時の合コンには、今のような草食系は少ない。ほぼ肉食系動物のラインナップだった。

狼なんてゴロゴロいるし、豹や、大虎に変貌する虎。今、イメージが浮かんだ。『心配無いさぁ~っ♪』と大声で歌いながら、婦女子を口説くライオンもいた。『お前が一番心配だっ』。なぜイメージが大西ライオンなんだ・・・

寮長の俺は、新入社員の集いや、連続する合コンという合コンの幹事をやらされるハメになった。

世間知らずで、アホな新入社員が取りまとめる合コンである。失敗の数々を重ねた。

居酒屋チェーン店が、ほぼお決まりの会場。男性と女性の数に遜色ないように調整を行う。

まだ携帯など普及していない時代だから、連絡手段などなく、会場地図入りのインビテーションなど、幹事が全てを用意した。

当日キャンセルなどざら。

幹事は腹をくくって務めるもの。

当日キャンセル分で出た赤字に関しては、俺が全部被った。

薄給の新入社員時代である、それはそれは痛い出費だったが、貴重な人生の授業料でもあった。

失敗は、知識を肥やす肥料のようなもの。有機肥料は糞尿から作られるものも多い。とてもくさく、頭から被ると大変な思いをする。

だが・・・『二度と同じ過ちを繰り返さない!』といった決意や、『もう失敗しない!』といった強い意思を、頭から被る事で育んだ。創意工夫をする肥やしとなった。

誰かが教えてくれたわけではない、多数の欠席者を出した2度目以降の合コンからは、会費を多めに徴収する知恵を得た。

簡単なことで、余剰があれば返却すれば良いのである。

追徴されると、殆どの人間は気を悪くする。

結局は同額を支払うのに、多めに徴収された会費を均等割りして払い戻しすると、殆どは気を良くして笑顔。

とても不思議な錯覚。

でも幸せになれるマジック。

それが分かってからは、多めに徴収すれようになった。相場を見ながら。

出席率を良くする要は、出席者のリークである。

『〇〇課の憧れの的、〇〇ちゃんが何と今夜合コンデビュー!!』

などと、出鱈目なコピーを入れてインビテーションを作成する。

すると、当日は招待してもいない男共まで飛び入り。

数十人単位のコンパでは、班分けをしリーダーから徴収させる。

そんな事をする気はないが、抜けメンが出たら実費負担させると脅しつけておく。

格リーダーは必死でメンバーを確保。

組織の動きの基礎も学んだ。

コンパの雰囲気づくりへの砕身もまた、俺を鍛えてくれた。

面白くも楽しくも無い、素敵な誰かとも出会えない、そんあコンパには誰も参加しない。

誰がキーマンで盛り上げ役を任せられるのか、ムードメーカーを見極めて、必ず参加させるようにした。例えそいつの会費だけ割安にしてでも参加させた。営業のようなものだから。

下手をすると、掻っ攫われるのは覚悟の上だが、〇〇が開催する合コンは楽しく、盛り上がり、面白い。だから女の子の出席率も高い! と評判になれば、あとは営業努力することも無かった。

女の子は、意外と男の働く姿を冷静に見極めている。自己利益の無い幹事を精力的にこなし、あれや、これやと細かく配慮していた俺は、何もしなくてもモテた。

その当時の俺は、自身の姿形が異性を惹きつけると誤解していたが、今思い返せば、女子は俺の姿勢を見ていたんだと思う。

低所得ながら、高学歴・高身長はあった。3高のうち二つは辛うじてクリアしていたし、当時、人気の高かったバレーボール選手に、どことなく似ているとも言われていた。

二股こそかけた事なかった。それでも、取っかえひっかえ、気に入った女の子を2度目、3度目のデートで一夜を共にすることもあった。一度目でドンっは主義じゃないから皆無。

フッと。。。

我に返り、今、ほぼ50cmぐらいしか離れていない目の先で、自分の失恋や恋愛観、仕事に充実感を感じないと語っている彼女を見つめる。

彼女は今、俺が過ごしたとても軽薄でいて、でも失敗を輝きに変えられる年齢を生きている。

羨ましいとは思わないが、少しばかり眩しかった。

『失敗するかもしれないが、こけたら起き上がればいい。』

『夢見れる年齢は、一睡すれば次の夢が見れる』

などと、たぶん話しても理解できないだろう言葉を並べて返してやる。

心に響く言葉じゃ無いだろうが、どこかに欠片が刺さってればいい。

いつだか、変なオジさんが何かを熱く語ってたな。

そう思い出してくれるならば、口にした言葉が生きた言葉となり残る。

語りかける言葉に少し力を込めて、じっと目線を外さず返してやる。

根負けして、すぐに俯き加減になるところが、まだまだ子供。

この子もいつか、先刻、大人の会話を交わした彼女のようになれるのかな。

多くの人。中でも素敵な何かを見せてくれる、与えてくれる大人にたくさん出会え!

出会えるような場所に行け!

パーティで馬鹿騒ぎするのも悪くないが、お前を磨ける場所に行け!

お前を磨いてくれる、大人たちと交わり、自分の言葉で語り続けてみろ!

撥ね返されてみろ!

傷つき、倒れ、でも立ち上がって歩き続けてみろ!

心中でエールを贈る。

『俺、そろそろ帰るわ。清算してもらえる?』と店主に語りかける。

Yちゃんは、もう少し残って飲むらしい。

好きにしたら良い。

経過する時間の速度感覚が違う若者にペースを合わせていられない。

支払いを済ませて店を出る。

来るとき抜けた路地を、逆方向に進み大通りにぶち当たる。

そこにある信号が赤で、青に変わるのを立ち止まり待つ。ツインタワーに入居しているオフィスの窓明かりが点在して見える。俺もかつて、その明かりの中に存在してた。

後ろから、何やら騒々しい、笑い声交じりの一行がやってくる。

隠れ家Bar訪問時に遭遇した、米国から帰省してるM美ちゃんグループだった。

駅まで暫し一緒に歩く。

『どこまで帰るんですか?』 と尋ねるM美。

『ん、たまプラだよ』

また、驚いた顔を見せる。

『私も!』

『前回は、駒沢だったじゃん。なんで?』

『ダンナの実家があるんだ。でね、義理の母が来るまで迎えに来てくれるの』

イケメン君は大江戸線へ。

もう一人のモデル系美人さんは銀座線へ。

それぞれ、途中で去っていく。

俺とM美ちゃんは半蔵門線経由田園都市線へと向かう。

最寄り駅に着くまで、実に多くの話を聞き、語った。

今でもこの美貌である。容姿に勝った『華』を雰囲気としてまとっている。

不幸にして俺達は遭遇しなかったが、同じ場所で働いていた8年ほど前であれば、その隠れ家Barに通っていた男共はソワソワしただろう。

それでいてこの会話力である(笑)。ホント、良く喋るし、笑わせてくれる(爆笑)。

最寄り駅の改札を抜け右に曲がり、東急ストアの角を左折したところで、お義母様のエコカーのエンジ色が目に入る。

後日、メール連絡くれるって言うから、名刺だけを渡して、手を振って別れた。

午前零時を少し回っていた。

この時間に義理母が迎えに来ている。

間違いなく彼女は深い愛に囲まれている。己が人徳で得たものだろう。

彼女に手を振って別れた後、俺は愛車の待つ駅駐輪場へと足を運ぶ。

愛車の黄色いジャガー(でも自転車ね)にまたがり、急坂の登り道をぶっ飛ばす。

ペダルを思いっきり、力強く踏みしめる。

坂を上りきったところで信号待ちのBreak。

呼吸を整えるべく、深呼吸をしながら回想。

今夜は、色んな女性達との会話を楽しんだ。

記憶の欠片、経験の欠片を拾い集めながら会話を楽しんだ。

会話は自己認識。

それを満喫できた一夜だった。

重さのないHな事柄に励む一夜より、今の俺には、こちらが尊いように思える。

それだけの情熱を注ぐ相手を見つけられずにいるだけと知ってはいるが・・・

無理して探し出そうとしたり、作り出すものでもない。

そんなことより、また、こんな会話を楽しもう。

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会話は自己認識 PartⅠ

今日は、One on one で女性と向き合って話す機会が多かった。

『向き合って話す』 のは、別に色気のある話ではない。

色気のある関係での二人の会話は、テーブルを挟む場合には、少し斜め位置で着席をするか。カウンターに向かって、肩を並べて座って交わす方が自然だ。

なぜなら、そっちのほうが、抱擁も、Kissもしやすくくて道理にかなっている。

だから、今日はそんな二人きりではない。

一人目は、もう10年来のつきあいになるかつての同僚であり、同志。

俺が、ドメ中のドメである百貨店から外資に転職をして間もなく、彼女が同じ会社に転属してきた。大きな外資グループ会社だったので、彼女は他のカンパニーからの移籍だった。

『へぇ、こんなに若くて綺麗な女性が、キーとなる部署のマネージャーとしてバリバリに働くんだ、やっぱ外資ってとこは違うな・・・』が最初の感想だった。

彼女は実に良く働く有能な女性。仲良くなったのは、事務所移転でブースが背中合わせになってからだった。

俺の仕事は、いわゆる苦情相談をメインとした部署の責任者であり、小売の末端で働くスタッフの相談役、いわばカウンセラーの役目も兼務していた。

『ほんと、楽しそうにスタッフの相談に乗ってあげるんですね。声のトーンが明るくて、聞き耳を立てるのじゃなくて・・・そう、聞き入ってしまいました』

ある地方のスタッフから暗く重たい相談を受けた後だった。

別にそこまで自分を追い込む程の問題でも無かったので、気分的に落ち込んでいたその女性スタッフの気持ちを軽くさせるため、馬鹿な話ばかり並べ立てた。当時は、まだ関西を経て上京したばかりだったので、ほぼ漫才師状態だった。

俺は、彼女を笑わせるためだけに、話を連ねた。自身の失敗談、どうやって気持ちを楽に運んでいっているのか・・・

想像力を働かせて気持ちを別のところにやる。その軽い逃避行動への誘いだった。

ほんの些細な事に、大きな目くじらを立てて、何度も何度もしつこく人を攻撃してくる輩は存在する。恐らく、自分の中の闇を隠し通せず、どこに鬱屈した感情をぶつけて良いのか分からないから、絶対に反撃して来ないサービス業に従事するスタッフに狙いを定めて攻撃してくる。

大きな心を持ち得ない、根っからの小者である。

小者であるからこそ、尊大な態度を取り、傲慢で利己的な欲求を突きつけてくる。憐れな人々である。

『あんなぁ。こんなん口に出したら怒られるけど、世の中にはクレーマーと呼ばれる一握りの人間がおんねん。クレーマー対策法でも施行して欲しいくらいやけど、それも叶わんから、そんな奴等から悪い気をうけたらな、溜め込まんと出さなあかんねん。』

『俺の知ってるある人は、奥のストックルームに入るや否や、空きパッキンを拳でどつき倒してた。何や空手の有段者らしいけど、物に当たるだけエライなぁと感心したね』

『俺自身はね、そこまで腹立てる前に、自分の気を空想世界に半分逃がしてるね』

『北朝鮮に強制送還したってんねん、頭の中で。』

『ワレ、ごじゃごじゃ文句抜かしとったらメシ食われへんとこに送ったんでぇ』

『メシ食われへんだけやったらまだマシや。後ろからドカンっ!とヤられんでぇ』

『なっ、一緒に北朝鮮に送り出したろっ!万なんとか号が新潟港から定期出航してるがな』

『どうや?少しは気ぃ楽になったか?』

受話器の向こうで笑いをこらえている雰囲気が伝わってくる。

心理面のケアが終われば90%完了。後は、どう落とし前をつけていくのか、着地点の探し方という実践テクニックを10%だけ教えればOK。平常心を保ち接遇をできる状態にできれば、私の役目は終わり、アドバイスは成功する。

その受け応えを途中から聞き入っていた、その女性管理職が俺に声をかけてきたのが親交の始まりだった。

それからは、薀蓄語りの俺に、色んな相談を持ちかけてくるようになった。やれ目録の書き方、個人情報保護というコンプラの基本についての整理、ストーカー被害にあっている女性スタッフへの危険防止アドバイス。二重就労をしている!と通報された従業員の素行調査。

最後のヤツ。素行調査は、我ながら面白かった。

その通報されたスタッフは九州エリアの子。水商売の店で働いているとの話。おたくのような一流企業が放置していて良いのか?が、ある有名消費者からの苦情相談。

私がその女性管理職に代わり、その有名芸術家の先生(そろそろ人間国宝になるのかな・・・陶芸血統だけはあった様子なので。人間的には小さかったな)の相手をする。

『そこまでおっしゃるならば、勤めてると疑われている店の名前、源氏名などお分かりになるんでしょうかね・・・』

『当たり前でしょう。何のために通報していると思ってるんですか。』

店の名前はよくある、平たい横文字カタカナ名だった。もう記憶にない。

源氏名の方は、そのスタッフに顔立ちが似ている芸能人名だったので、そこは妙にリアルだった。ご丁寧に、店の電話番号まで教えてくれた。

しょうがない・・・客のふりして電話するしかないな。

そこからは演技である。

午後9時半を回ったころ受話器を手にとりプッシュボタンを押す。

呼び出し音2回ほどで、元気の良い男性スタッフが応答する。客商売としては合格だ。

『あ、もしもし、〇〇ちゃん出勤してますか?』

『〇〇は退職したのですが・・・』

『ええっ本当ですか?俺、今、東京から電話してるんですよ。次にこっち来ることあったら連絡してねって名刺までもらったんだけど・・・』

『芸能人の〇〇ちゃんに似て可愛かったですよね? 何処に行っちゃったんだろう・・・うーん残念!』

他にも、美人揃いだから是非来店を! と薦める男性スタッフに、愛想ばかりの『じゃ、今度行きます』と一言残し電話を切る。

直後に、女性管理職から、その従業員に嫌疑のあることを通告して、聞き取りを行う。もちろん、本人からは、事実無根である!との回答が戻る。

彼女の電話応対の終了と目配せを見て、俺はすかさず、その陶芸家先生に電話を入れた。

『素行調査をしましたが、事実確認はできませんでした』

そう告げた。

これ以上の詮索は人権上の配慮の問題、プライバシーに関わるため企業としても立ち入れない。と明確に回答をして終了。

実に良いコンビネーションプレイだった。

聞けば、その陶芸家先生はかなりの艶福家らしく、お買い物もしてくれるが、スタッフへのお誘いも強引だったらしい。

格好悪い。お金出せば、何をしても許されるってものじゃない。例え芸術家としての才があっても、人間感情の才が全く無い。

そんな格好悪い行動を取れば、女性が絶対になびいたりはしない。。。とは感じないらしい。センスが無い。

そんな事があった後、我々二人にはお互いに対する信頼関係が生まれ、5年間を共に同じ会社で過ごした。

今日、久しぶりに再開して、彼女が一言。

『〇〇さん、また痩せたんじゃないですか?激務続きのようですね・・・』

真から心配してくれている顔が、そこにあった。

『いや~、トシのせいですよ。初めて出会った頃からすると、ぐっと老け込みましたからね(笑)』 

お互い目線を交わし、笑顔と笑顔。

彼女は良い年齢を重ねている。

結婚をしても決して所帯染みず、相変わらず洗練された雰囲気を醸しだしている。

そんな彼女との、実に楽しい30分ほどの面談を終えて、行き着けのバーへと足を向ける。

思ったより長編になったので、睡眠時間確保のため続く・・・

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言葉遊び

読書が大好きな血脈なんてあるのかな?

親父と一緒で本の虫だった。

学業なんてのは、身を入れて打ち込んだ事無かった。

人さまにお見せできるようなスコアシートは存在しない。

事実、手元に残っていないってのは、おそらく見直した時点で『恥』を感じて処分したんじゃないかな。

そう思えるほど、劣悪なスコアの科目もあった。

殆どがそんなどんぐりの丈比べの中で、不思議と『国語』って科目だけは安定して成績が良かった。

授業に集中していたかって?

まさか!

一生懸命授業を進める先生を尻目に、興味のあるページを再読してた。

再読。

教科書を受け取った当日当夜、国語のそれだけは全部読みきってた。

だから全ては読み直し。興味が湧けば、その掲載文章の本を図書館で読み漁った。

速読をマスターしようとしたのも、本をたくさん読みたかったから。

ジャンルは何でも良かった。

気に入れば一晩に数冊なんてザラだった。

寝る間を惜しんで、本を読み漁った。

吉川栄治先生の『三国志』を、初めて読んだ時。

あれは中学1年生の時。

部活を終えて、夕方帰宅してから読み始める。

『晩御飯できたよ』

二階にいる俺に、おふくろは何度も、何度も声をかけたが一向に降りて来ない。

午後11時を過ぎた頃に、あまりの空腹に耐えかねて台所へ降りてみると・・・。

よっぽど腹立ったんでしょうね、一部捨てられていました(汗)。

キッチンシンク横の三角コーナーに。

おふくろだって、パート働きの後で帰宅して作ってくれた晩御飯だったんだから。

大変だったね。ごめんなさい。

今さらだけど、二十数年を経てお詫び申し上げます。

正確には30年。年齢がバレるっ!!!

それほど、読書に集中できた。

音が消える。

文字で描かれた世界が想像上の画像となる。

その中に傍観者としての自分がいる。

主観では無く、あくまで客観。

文字を読みつつ、画像の中に身を置くような感覚。

超雲子竜が、劉備元徳の子を胸に抱き、馬に跨り原野を疾走する。

襲い掛かる無数の敵を、槍でなぎ倒しながら突き進む。

その姿を、少し離れた小高い丘から、ぞくぞくしながら見つめている自分がいる。

他の物語も然り、それだけ文字が語りかける世界に集中できた。

本は、俺に自由な想像空間を提供してくれた。

積み重ねた読書時間、読書量のお陰なのか、言葉には不自由しない。

次から次へと、頭に浮かび出てくる。

だから、色んな人と会話する時も、言葉遊びを支柱にして人間関係を作っている。

楽しい時間を、自分から表現できるようになっている。

言葉遊び、大好き。

『最低!』 と女の子に言わせるような、シモ寄りの際どい話も多いが。

恐らく『絶対セクハラ!』と、眉間にシワを寄せながら言わしめるような表現は皆無。

意識をその対象者に集中して言葉を浴びせるわけではないし。

ただ単に、猥談をいかにマイルドな表現で、明るく楽しくやりとりできるのか?

少し間違うと、危ういテーマ。

難しいテーマだからこそ、そこに言葉遊びを持ち込むのが面白い。

もちろん、相手を見て話しているけど・・・んんっ・・・

つもりですけどね(苦笑)。

本当は自分が語るよりも、実は『聞き』が好きだったりするのだが、誰も信用しない。

黙って聞き入ってると、まず話を振ってくるか、いじられる。

でもって、いじり返す。相当な量でいじり返す。倍返しってやつになる。

そうは言っても、言葉の攻撃ではない。話題の中心にその人を上げるための振り。

壇上に引きずり上げる。

相手が緊張して乗りが悪いと感じれば、自らが道化る。

道化も嫌いじゃない。

『場』が和む瞬間が大好きだから、結構、いや相当な程おバカをやる。

話し手になっても、聞き手になっても、言葉遊びは尽きることがない。

そんな俺に付き合ってくれる、貴重な友人たちは大切にしたい。

『また馬鹿なこと言ってるよ』

と言いながら、言ってる口元が緩んでる。

その笑顔がいい。

明日も、明後日も、自分が話す機会があれば、言葉遊びを続けよう。

行き過ぎたら、誰か止めてね(笑)。

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メンテナンスの一日

午前10時過ぎまで睡眠。

昨夜、床に就いたのが特別遅かったわけでも無い。平均睡眠が約4~5時間程度だから、休業日の土日いずれかは惰眠を貪る。寝溜めが有効じゃなの知りながら。

寝起きは極めて良い方だ。不機嫌で誰かや何かに当たるなどありえない。パチっと目が開き、スッと起床する。

この時間に起きると、Breakfast と Lunch は一緒。

昨夜のゴハンが残っていたのと、買い置きしてた焼き豚の賞味期限が、昨日で切れていたから、冷蔵庫の中をざっと見渡し、他の食材を確認して、『チャーハンを作る!』と決めた。副菜はサラダ。スパニッシュオムレツも作ろうかなっ・・・と意欲が湧いたが、これはポーションを考えて自重。

玉葱をみじん切りにやっつけ。次は人参を刻む。続いて長ネギ、青ネギ。俎板のコンディションと食材のバランスを考えながら、焼き豚は最後に刻む。桜海老の乾物をアクセントに使う。

フライパンにオイルを引き弱火で過熱。桜海老をパリパリに仕上げるため真っ先に投入。続いて火の通りにくい食材から順にパンの中へと入れ、加熱しながら手返しで回し始める。卵投入のタイミング(食材の炒め上がり加減)と、その直後にゴハンを入れる事がポイント・・・

詳しく書き記し始めると、お料理ブログになるから割愛するが、仕上げ手前の胡麻油をサラっと散布する頃には、既に米粒パラパラで、出来栄えは実に Good!。 美味しく完食されました。

Lunchの後から、いよいよ一日が本格始動。

今日は、愛用品のメンテナンス日と決めていた。

バッグ、靴、その他雑貨を整理し始める。

特に靴は、2~3週間に一度は一斉にケアを行うよう心がけている。

日課じゃなく、月2の月課と言ったところ。

クロスボディタイプバッグのストラップが革剥がれでスプリットしているのを接着修繕し、エッジペイントを手早くすませて、すかさずドライヤーで乾かす。約30分で修理完了。

これをやっておくと、ストラップのダメージが軽減でき、長~く愛せる。後はフックにかけて自然乾燥させる。

バッグの修繕ケアが終了したら、次は靴に移る。下駄箱、玄関にある自分の靴全てを一斉にケアする。所要時間は約2時間弱。様々な素材の製品があるので、同じ作業で進められるものと、そうでないものを予め選別する。

靴のケアは、どことなく女性のお化粧と似ている。

先ずは全靴に埃取りのブラッシングを軽く行う。次はクリーナーを使ってクレンジング。靴墨や余分なクリームを除去していく。次に皮革専用の保湿、栄養クリームで表革に養分を補う。その次に艶出し成分のあるローションをムラ無く、薄く塗布をしてブラシで丁寧に伸ばしていく。最後は、柔らかい布で軽く擦ってポリッシュを終えて完了!

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↑勤め先に保管している靴、箱から出していない未使用の靴、ケア対象外のスニーカー類を除き、輝きを取り戻した靴達。

半分強ってとこだから、こうして並べて見ると本当に靴持ちだ・・・ローテーションも堅守しているから脱落する靴が少ない。それでも好きだから、気が向くと購入しちゃう。マラカニアン宮殿住まいでは無いのだから、そろそろ考えないと。古いネタ話だから分かる人少ないですね(笑)。

本当に愛用している持ち物は、こマメにケアしてあげると良い。持ち主の愛に応えて、長らく側に仕えてくれる。

西日を浴びて光り輝く、ピカピカになった靴を暫し眺めた後、下駄箱に収納し終えた。

気分が良くなり、Dinner も自分が作ることにした。 

チキンとキノコのクリームソース煮。ホールトマトに残った生クリームをコンビネーションしたソースに、後からバターで炒めた小エビを入れて、塩梅を整えて『小エビのトマトクリームソースパスタ(アルデンテ)』を完成。ツナサラダを添える。

Cookingは Imagination を掻き立ててくれるから好き。

あまったソース、食材を手にして再びキッチンへ向かう。おもむろにグラタン皿を取り出しバターを塗り始める。同時にストーブの上には片手鍋に水を張り加熱。マカロニを手早く茹で始める。ストーブが3つあればフル活用して、同時に数品か他の工程も進行させる。

茹で上がるまで約4分。隣のストーブにはフライパンを加熱してバターを溶かし始める。漉した小麦粉を少々バターで溶かしながら、余ったソースを入れて混ぜ合わせてグラタンソースが完成。。。これは、明日の子供達の食事。

焼くともっと美味しそうに見えると思いつつ・・・パチリ。

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蕩けたチーズ。その上に撒かれたパン粉がこんがり焼けてキツネ色の粒を噴いてた方がグラタンらしい。今度は調理後を撮影しよう(笑)。

テンションの上がる行動をすると、ポジティブになれる。

持ち物の一斉メンテナンスに料理。

今日は実に良く動いた一日だった。

気持ちのメンテナンスをしたい一日だったんだな。

明日、反動が来なければいいのだけれど・・・(汗)。

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別れ際の言葉

『さようなら』

この言葉の持つ響きが、たまらなく寂しい気持ちがして、昔は好きになれなかった。

『またね!』 『それじゃ!』 『Bye!』 未だ代わりの言葉を口にしている。

ただ、それは本当に再開したい気持ちがあるから出る言葉でもある。

でも、そろそろ、『さようなら』の響きの重さを受け止め、それを使うようにしよう。

いつもと同じような日常が、明日も間違い無くやってくる。

この世の中に常なるものなど存在しないのに、『明日』が必ずやってくると信じている。

突然、この長くも、短くもない一生が終わることだってあるかもしれない。

暗澹たる気持ちを持っていて、それを述べているんじゃない。

ごく当然のことを述べているだけ。

生まれ出たからには、終わりは必ず、そして突然やってくる。

その当たり前の事を、『明日』が必ずやってくると漠然と信じてやり過ごすのは止そう。

自分が存在する『明日』が。

『さようなら』は重たい響きを持つからこそ、その人と過ごす時間も貴重なものになる。

二度と会えないかもしれないから、一緒に過ごす時間をかけがえのない瞬間にする。

俺が一番好きな言葉、『一期一会』の精神を再認識しよう。

ひと度主人となれば、お越しいただいた賓客を心からもてなす。

二度と再び、相見えることができないかもしれない大切な人と思い、心を込めてもてなす。

この茶の道の精神が、俺は大好き。

悔いの残らない生き方、時間の過ごし方をしよう。

俺を知ってる人が読めば、『お前まだ若いじゃん』と笑われそう。

たぶん、阪神淡路大震災を期に、俺の精神構造は劇的に変化した。

天変地異に遭遇すれば、人は簡単に死ぬのである。

路傍に無造作に置かれた、青いシートに包まれた亡骸の数々。

火の竜となって巻き上がる業火の傍らで、横たわるその姿達は脳裏に焼きついて離れることはない。

そう。人は簡単に死ぬのだ。

事故も然り。病気も然り。物騒な世の中だから、事変、紛争、戦争なんてのもあるかもしれない。

だから、別れ際には『さようなら』を告げるようにしよう。

その分だけきっと、もっと、その人と会ってる時間も重みを増すから。

平和な世の中に生きているからこそ、平和ボケなどせず、『死』を見据えて、しっかり生きよう。

『さようなら』 って重たい響きだけど、そう思えるほどの言葉。

いい別れ言葉。

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自分が自分らしくあるために

どんな雰囲気をまとっているんだろう?

華やかな人。

清々しい人。

静かな中でも真の強そうな人。

儚い、今にも壊れそうな人。

警戒心に満ちた雰囲気を出している人。

ワイルドな人。

マイルドな人。

俺って、一体どんな人?

分類は色々できるんだろうけど、自分のまとっているものは見えない。

ならば、せめて生き方を確立しよう。

しなやかさはあっても、曲げないとこは曲げない芯を持とう。

自分が自分らしくあるためには、核、芯、筋がいる。

骨があればいいけれど、ガチガチは嫌だから軟骨程度でいいかも。

俺はもう、たやすく誰かを誘ったり、抱いたりもしない。

ストイック気取ってるってんじゃなく。

無駄に色気を撒き餌にして散らかしたり。

誰かの体温だけに温かさを求めたりしない。

本当に求めるものが現れるまで、自分の中の何かを安売りしたりしない。

これは俺が通そうとしている筋。

我慢をしているのではなく、求めもしない、求められるよう動かないこと。

いつの日か、自らの身を削ることになってでも炎を灯す、その誰かの周辺を明るくするキャンドルとしての役割を求められ。俺がその気になった時にだけ、心の中の導火線に火を点けよう。

それまでは、熱すぎるマグマを地下にたたえた休火山になろう。

たとえ自分が自分らしくありすぎたがため、死火山になろうとも。

己が信念は貫こう。

それが俺って存在であり、俺って雰囲気でもある。

付き合ってきた、いい女達への礼儀でもある。

なんてね、ちょっと格好つけすぎました(失笑)。

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『気』をもらった

『ぱっ』 

ワット数が上がったように思えた。

そんな笑顔達に今日も出会えました。

一緒にお酒飲んで、とりとめも無い話をしただけ。

でも、そこに笑顔の華がたくさん咲きました。

男女の境は無く、素敵な笑顔。輝く笑顔。

俺が道化ているのは、たぶん、そんな笑顔が見たいから。

意識しながら道化ているのでもなく。

意識しながら言葉で遊んでいるのでもない。

それでも、その根っこにあるのは、誰かの笑顔に会いたい。

笑顔からエナジーをもらいたい。

I want なのだ。

笑顔に誘発されて、俺も笑顔になっている。

恐らく…人殺しのような真剣な顔をして仕事をしている俺も俺。

疲れ果てて、放心状態で口をあんぐりと開けている俺も俺。

難しそうな顔をして、満員電車の人ごみに潰されている俺も俺。

そして、ここで馬鹿になるほど笑い転げている俺も俺。

でも、笑い顔って本当にいい。

今日も、たくさん良い気をもらいました。

本当にありがとう。

出会ってくれて、ありがとう。

会いたいと願ってくれて、ありがとう。

それだけで、明日も生きていけるね♪

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自分のことは自分が一番知ってる?

みんな、自己分析ってするのだろうか?

するとしても、それは主観視なのか、客観視なのか・・・

自我の目覚め、自我の確立は思春期を通過し、大人になる過程で誰もが経験する

仮想空間が跋扈するこの時代では、時たま、全く自我の確立していない奴に会ったりもするけれど。

多くの人と接する学生時代の中で、時にぶつかりあい、時に傷つきながら、かけがえの無い友を得て、誰かに恋もして、人を愛する喜び、愛される悦びを知り。裏切られる辛さをも味わう。

そんな経験を重ねて生きてきたから、『俺の事は、俺自身が一番良くわかっている!』と豪語していること、心の中で思うことが増えているし、実際にそうだと信じている。

だけど本当にそうなのだろうか?

自分の精神のラビリンスに入り込んだことってないかい?

こっぴどい失敗をした経験のある奴なら分かると思うけど、失敗を実感した時は激しく落ち込むだろ?

誰も失敗をしようと考え、想定して失敗する奴なんか存在しない。

俺の知っている俺。自信に満ち溢れた俺様が行った行動の結果が、大きな失敗だった。

他人のせいにして気持ちを楽にする、逃避行動を取る輩もいるかもしれない。

だが、多くは自信喪失の世界に浸かり、浸る。

責任感の欠片でもあれば、自己再分析を行い、自信を喪失し、自己嫌悪に陥る。

『自分のこと(実力)を、なんにも分かっていなかった』

そう。

自分のことは、案外自分が一番知らないのだ。

評価は他人の公正なる視点で行われたものが一番正確である。

自己評価は、その個人のモラルや価値観によって変わる。

だからね、多くの人達と接することには大きな意味がある。

色んな人に評価してもらえる場に身を置くのは大切な行為。

その場で生き方を学び。

その場で振る舞いの大切さを知り。

他人の個性や優しさに触れ。

自分の持つ特性や、優しい気持ちなどが芽生えたりできる。

閉じ篭っているのが悪いとは言わないが、その時間があれば、外へ飛び出そう。

多くの人に会おう。

自分のことを、自分が理解できるようになったら。

他人の目、フィルターを通して映しだされた、自分の姿を確認しよう。

かつての俺は自己嫌悪の塊で、自分が好きになれなかった。

傷つきやすい自分を少しだけ認めて、少しだけ好きになれるようになって、初めて自分を押し出せるようになった。

少しずつ自分を表現できるようになった。そしたら魔法にかかったようにもてるようになった(笑)。少しだけ愛せる自分を、相手に推奨できるようになったから!

自分が好きでない自分を、他人様に好きになってもらえるかな?

答えは『No』。

誰かに本気で愛されたいならば、『自分のことは自分が一番知っている』なんて言葉の殻にこもったりせず。他人様に受け入れられる自分を、コミュニケーションの中で見つけだす事が一番の近道だね。

遠回りするのも、悪くはないけれど…

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見えない物は、見えない。

免許の更新に行ってきた。

一年前に路駐してて反則切符を切られた。

だから、今回は一般更新。

優良ドライバーの称号は、ほんの小さな違反で剥奪された。

そんでもって、講習時間は30分増えて1時間。

痛そうな映像が流されてゆき、その瞬間だけは我に帰る。

普段、事故するって思い、恐れながら運転することなど皆無。

むしろ、運転は荒いかもしれない。

事故の半分以上は交差点で発生するらしい。

そう言われれば、冷っとする瞬間はいつも交差点。

遮蔽物のある交差点は、なおさら怖い…

昔、どなたか偉い先生の書いた著書にこうあった。

人は、上空から見た視野があれば交差点で事故に遭うことは無い。と。

鳥の視野があれば…むりむりむりむり。

運転してる時は地上を走る車から周囲を見てるから、それは不可能だよね(笑)

ああ、俺はこんな交通教習の話がしたいんじゃなかった。

教習を受けた帰り道、俺は全然違うことを考えていた。

意識が過去へと飛び、映像を伴った激しい回想思考に支配されていた。

あの頃、二十歳の頃の俺は何も見えていなかった。

それこそ、見渡しの悪い交差点…いや、交差点はまだ、信号があるだけマシ。

先の見えない大きなカーブや、何が飛び出してくるか分からない道を、時速100k近くで疾走してた。

『あぶないからスピード落せ!』 オヤジの声も聞こえない。

『ねぇ、本当に怖いから…』 当時付き合ってた彼女の声も聞かない。

何も見えていなかったから、恐怖すら感じなかった。

何も見えていないから、仕方が無かった。

見えていないくせに、見えてた人の助言に耳を貸さなかった。

何も見えないから、何も分かっていなかった。

でも、仕方が無いよ。

誰が何て言ったところで、見えない物は見えないんだから。

今は、色んな事が見えて、物分りのよくなった大人の俺がいる。

そりゃそうだよ。40年以上の年輪を刻んだんだから。

ふと、気付くと安全運転をしている自分がいた。

横断歩道を、こちらに手のひらを向けながら渡る、おばあちゃんの笑顔を見るのも悪くない。

若いあいつも、年齢を重ねた時になって、この笑顔の尊さが分かるんだろう。

今、分からなくても仕方がない。

見えていないのだから。

しっかり生きてみろ、自分の足で。

しっかり見極めて見ろ、自分の目で。

自分自身の経験が、きっと見えない物を見えるようにしてくれるさ。

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冷たい雨

新しいブログの始まりは冷たい雨。

しかも、桜満開の季節だから、今降る雨は極悪非道な悪者扱い。

『恵みの雨』、『慈雨』、『オアシスへ誘うビーナスの涙…』。

降るタイミングさへ間違わなければ、賞賛される雨も今夜はとことん形無し。

人って、つくづく勝手だな、と思う。

咲き誇る桜は美しく、間違い無く尊い。

多くの人達がこの季節に桜の花を愛でるのは、その花びらが一瞬にして散り始める儚さ。

それを知っているからこそ、今、降る雨を憎む。

でも、花開く前に潤いをもたらした慈雨があるからこそ、この桜は咲き誇っている。

桜の根も樹も葉も、きっと雨を恨んだりはするまい。

花だけは分からないけれどね。

桜よ、どうせ人々の気持ちは移ろうのだ。

華やかさを誇る君を見つめる人々も、一ヶ月も経てば違う花に目を奪われる。

ひねくれた俺、本当は雨に打たれた花が明日残ってたらいいな…と望みながら。

そんな違った事を想像している。

雨の上がった明日の朝は、きっと清々しい空気が漂っているはず。

その空気の下で、残った花びらを見つめながら思いっきり息を吸い込んでみよう。

一日乗り切れるだけの酸素をくれそうな気がする。

夜霧の中の桜花、また明日会おう。

一輪、一弁になろうとも、俺はお前を見つめてあげよう。

だから、雨を許してやれ。

来年、お前が咲き誇るための力を与えてくれたんだ。

だから、許してやんなよ。

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