半蔵門線に乗り、渋谷方面へと移動する。
前々職の時のホームである青一で下車する。
誰も注目しない路地を抜けて、行き着けのBarへたどり着く。
平日の火曜日、しかも青一の路地裏の奥底に位置する "Hermitage"
きっと、暇にしているに違いないと確信してドアを開ける。
何やら騒々しい。
一番手前に位置する4人掛けテーブルの角に座った女性が、驚きに満ちた表情を浮かべている、目線が合った刹那、笑顔へと変貌する。
『一年ぶりっ、覚えてますか?』
『忘れるわけないじゃん、米国在住のM美ちゃん。今日は妹さん一緒じゃないの?』
と同席の男女に目を向け、表情だけで軽く会釈。
M美ちゃんも美形だが、同席の女性もモデル並に綺麗だ。
そして男性も、少しぽっちゃり系ながら、イケてる面構えをしていた。
美形の集いがそこにあった。
ひとしきり彼女と再会の挨拶を交わし、先日購入したばかりのクロスボディのバッグを『MちゃんのLVのバッグと一緒に預かっといて!』と無造作に置き去り、羽織っていたコートをフックに掛ける。
店主のYちゃんが笑顔で近づいてくる・・・が、ほぼ満席である。アイリッシュバーのように立ち飲みをしているリーマン3人組が目に入るが、男には興味ないので目線をすぐに移動させる。
カウンターの一番手前に座った女の子が、これまた笑みを浮かべながら会釈してくる。先日知り合ったばかりのYちゃんという名のアメリカ帰りの女の子。邂逅率が非常に高く、2週間で既に3度目の顔合わせ。
『毎日、来てるんですか?』
『んなアホな。たまたまや。たまたま』
窮屈ながら、バイトのイケメン君が、彼女の横に用意してくれた椅子に腰掛ける。
暫くすると、注文していたドイツビールが目の前のタンブラーに置かれた。
彼女と乾杯をする。
彼女は、確かまだ20代前半。
どことなく、あどけなさが残った顔立ちの中、好奇心に満ちた瞳をこちらに向けている。
暫く、席を並べて会話をしていたが・・・俺達は、そんな間柄ではない。
二人掛けテーブルの空席が出来たら、すぐ移動をして、向かい合わせに陣取る。
そう、また色気の無しのフォーメーションである。
20代前半は、まだまだヒヨコちゃん。
背伸びをして羽を拡げてみても、産毛の残りは隠しきれない。
語る言葉に、重みや響きは伴わない。
でも、それは仕方が無いこと。
俺、23歳の頃何してたっけな・・・
とりとめもない彼女の、恋愛論に耳を傾けつつ、意識は自分の過去へとトリップする。
某国内大手百貨店に新入社員として入社した時、ちょうど彼女と同い年だった。
その頃はバブル後期だったので、サラリーは良くなくても、住環境を全て整えてもらえたり、何かと企業が新人を保護してくれていた。
教育費ってのも出せた時代だった。社会人として、大人としてのマナーの基本は、全て最初の会社で教えてもらい身につけた。
俺は、神戸の中心に位置する店舗が配属先だったので、灘区内に男性寮を用意してもらえた。
たぶん、6畳も無かったと思う。
縦長の、うなぎ・・・もっと短い、泥鰌の寝床のような部屋だった。
30名超の同期が入居したが、どういうわけだか、すぐに寮長という存在に奉り上げられた。
実家住所や電話番号までご丁寧に記載した手書きの名簿を作成し、人数分をコピーして配布した。我ながら、良く気の利くできた寮長様だった(笑)。元々、誰かの面倒を見るのが嫌いでは無かったのだろう。
その当時の出会いの場は、もっぱら合コン。それは今でも変わりないのだろうが、当時の合コンには、今のような草食系は少ない。ほぼ肉食系動物のラインナップだった。
狼なんてゴロゴロいるし、豹や、大虎に変貌する虎。今、イメージが浮かんだ。『心配無いさぁ~っ♪』と大声で歌いながら、婦女子を口説くライオンもいた。『お前が一番心配だっ』。なぜイメージが大西ライオンなんだ・・・
寮長の俺は、新入社員の集いや、連続する合コンという合コンの幹事をやらされるハメになった。
世間知らずで、アホな新入社員が取りまとめる合コンである。失敗の数々を重ねた。
居酒屋チェーン店が、ほぼお決まりの会場。男性と女性の数に遜色ないように調整を行う。
まだ携帯など普及していない時代だから、連絡手段などなく、会場地図入りのインビテーションなど、幹事が全てを用意した。
当日キャンセルなどざら。
幹事は腹をくくって務めるもの。
当日キャンセル分で出た赤字に関しては、俺が全部被った。
薄給の新入社員時代である、それはそれは痛い出費だったが、貴重な人生の授業料でもあった。
失敗は、知識を肥やす肥料のようなもの。有機肥料は糞尿から作られるものも多い。とてもくさく、頭から被ると大変な思いをする。
だが・・・『二度と同じ過ちを繰り返さない!』といった決意や、『もう失敗しない!』といった強い意思を、頭から被る事で育んだ。創意工夫をする肥やしとなった。
誰かが教えてくれたわけではない、多数の欠席者を出した2度目以降の合コンからは、会費を多めに徴収する知恵を得た。
簡単なことで、余剰があれば返却すれば良いのである。
追徴されると、殆どの人間は気を悪くする。
結局は同額を支払うのに、多めに徴収された会費を均等割りして払い戻しすると、殆どは気を良くして笑顔。
とても不思議な錯覚。
でも幸せになれるマジック。
それが分かってからは、多めに徴収すれようになった。相場を見ながら。
出席率を良くする要は、出席者のリークである。
『〇〇課の憧れの的、〇〇ちゃんが何と今夜合コンデビュー!!』
などと、出鱈目なコピーを入れてインビテーションを作成する。
すると、当日は招待してもいない男共まで飛び入り。
数十人単位のコンパでは、班分けをしリーダーから徴収させる。
そんな事をする気はないが、抜けメンが出たら実費負担させると脅しつけておく。
格リーダーは必死でメンバーを確保。
組織の動きの基礎も学んだ。
コンパの雰囲気づくりへの砕身もまた、俺を鍛えてくれた。
面白くも楽しくも無い、素敵な誰かとも出会えない、そんあコンパには誰も参加しない。
誰がキーマンで盛り上げ役を任せられるのか、ムードメーカーを見極めて、必ず参加させるようにした。例えそいつの会費だけ割安にしてでも参加させた。営業のようなものだから。
下手をすると、掻っ攫われるのは覚悟の上だが、〇〇が開催する合コンは楽しく、盛り上がり、面白い。だから女の子の出席率も高い! と評判になれば、あとは営業努力することも無かった。
女の子は、意外と男の働く姿を冷静に見極めている。自己利益の無い幹事を精力的にこなし、あれや、これやと細かく配慮していた俺は、何もしなくてもモテた。
その当時の俺は、自身の姿形が異性を惹きつけると誤解していたが、今思い返せば、女子は俺の姿勢を見ていたんだと思う。
低所得ながら、高学歴・高身長はあった。3高のうち二つは辛うじてクリアしていたし、当時、人気の高かったバレーボール選手に、どことなく似ているとも言われていた。
二股こそかけた事なかった。それでも、取っかえひっかえ、気に入った女の子を2度目、3度目のデートで一夜を共にすることもあった。一度目でドンっは主義じゃないから皆無。
フッと。。。
我に返り、今、ほぼ50cmぐらいしか離れていない目の先で、自分の失恋や恋愛観、仕事に充実感を感じないと語っている彼女を見つめる。
彼女は今、俺が過ごしたとても軽薄でいて、でも失敗を輝きに変えられる年齢を生きている。
羨ましいとは思わないが、少しばかり眩しかった。
『失敗するかもしれないが、こけたら起き上がればいい。』
『夢見れる年齢は、一睡すれば次の夢が見れる』
などと、たぶん話しても理解できないだろう言葉を並べて返してやる。
心に響く言葉じゃ無いだろうが、どこかに欠片が刺さってればいい。
いつだか、変なオジさんが何かを熱く語ってたな。
そう思い出してくれるならば、口にした言葉が生きた言葉となり残る。
語りかける言葉に少し力を込めて、じっと目線を外さず返してやる。
根負けして、すぐに俯き加減になるところが、まだまだ子供。
この子もいつか、先刻、大人の会話を交わした彼女のようになれるのかな。
多くの人。中でも素敵な何かを見せてくれる、与えてくれる大人にたくさん出会え!
出会えるような場所に行け!
パーティで馬鹿騒ぎするのも悪くないが、お前を磨ける場所に行け!
お前を磨いてくれる、大人たちと交わり、自分の言葉で語り続けてみろ!
撥ね返されてみろ!
傷つき、倒れ、でも立ち上がって歩き続けてみろ!
心中でエールを贈る。
『俺、そろそろ帰るわ。清算してもらえる?』と店主に語りかける。
Yちゃんは、もう少し残って飲むらしい。
好きにしたら良い。
経過する時間の速度感覚が違う若者にペースを合わせていられない。
支払いを済ませて店を出る。
来るとき抜けた路地を、逆方向に進み大通りにぶち当たる。
そこにある信号が赤で、青に変わるのを立ち止まり待つ。ツインタワーに入居しているオフィスの窓明かりが点在して見える。俺もかつて、その明かりの中に存在してた。
後ろから、何やら騒々しい、笑い声交じりの一行がやってくる。
隠れ家Bar訪問時に遭遇した、米国から帰省してるM美ちゃんグループだった。
駅まで暫し一緒に歩く。
『どこまで帰るんですか?』 と尋ねるM美。
『ん、たまプラだよ』
また、驚いた顔を見せる。
『私も!』
『前回は、駒沢だったじゃん。なんで?』
『ダンナの実家があるんだ。でね、義理の母が来るまで迎えに来てくれるの』
イケメン君は大江戸線へ。
もう一人のモデル系美人さんは銀座線へ。
それぞれ、途中で去っていく。
俺とM美ちゃんは半蔵門線経由田園都市線へと向かう。
最寄り駅に着くまで、実に多くの話を聞き、語った。
今でもこの美貌である。容姿に勝った『華』を雰囲気としてまとっている。
不幸にして俺達は遭遇しなかったが、同じ場所で働いていた8年ほど前であれば、その隠れ家Barに通っていた男共はソワソワしただろう。
それでいてこの会話力である(笑)。ホント、良く喋るし、笑わせてくれる(爆笑)。
最寄り駅の改札を抜け右に曲がり、東急ストアの角を左折したところで、お義母様のエコカーのエンジ色が目に入る。
後日、メール連絡くれるって言うから、名刺だけを渡して、手を振って別れた。
午前零時を少し回っていた。
この時間に義理母が迎えに来ている。
間違いなく彼女は深い愛に囲まれている。己が人徳で得たものだろう。
彼女に手を振って別れた後、俺は愛車の待つ駅駐輪場へと足を運ぶ。
愛車の黄色いジャガー(でも自転車ね)にまたがり、急坂の登り道をぶっ飛ばす。
ペダルを思いっきり、力強く踏みしめる。
坂を上りきったところで信号待ちのBreak。
呼吸を整えるべく、深呼吸をしながら回想。
今夜は、色んな女性達との会話を楽しんだ。
記憶の欠片、経験の欠片を拾い集めながら会話を楽しんだ。
会話は自己認識。
それを満喫できた一夜だった。
重さのないHな事柄に励む一夜より、今の俺には、こちらが尊いように思える。
それだけの情熱を注ぐ相手を見つけられずにいるだけと知ってはいるが・・・
無理して探し出そうとしたり、作り出すものでもない。
そんなことより、また、こんな会話を楽しもう。
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